建設中の上海新市街
(2008/9/20)

3年前に私のWEBを見られた上海在住だった方から、メールをいただき新市街とだけ覚えていた場所についての説明をいただいた。そのやりとりは、ご本人の了解をいただきここに掲載している。

今年は日本人の上海における当時の生活をテーマに調査されている方からメールをいただき、そのやりとりを通して昔住んでいた所の場所がある程度理解できた。 そのメールに触発されて、50年前に没した父のアルバムから、新市街建設当時の写真をここに掲載することとした。 カビの生えた写真であるが、幸いなことに終戦前に帰国したので当時の写真が残っている。 アルバムに父が書き込んだ簡単な解説も一緒に記載することとした。

サーバーの容量に余裕があるので、大きなサイズにしている、写真をクリックすることで大きくなる。
白黒写真なのだがアルバムのイメージを出したくカラーでスキャンしている。

 

アルバムの最初のページの写真である。新市街の中心地と思われる。

昭和15年8月の写真である。五条ヶ辻(維新広場)のロータリーと上海恒産の社屋の建設が進んでいる。
      後ろの看板には{上海恒産会社社屋新建築」と読める

中央の社屋が上海恒産の社屋と思われる。
 

昭和16年の写真と思われる。道路名が記入してあるものだけを集めた。
       
 
       
 
       

左の2枚は私が1学期だけ在籍した上海第七国民学校。 右の2枚は新市街の住宅(振興住宅)
   
 
       
       

現在の地図との位置関係

メールのやりとりから、当時の復元地図を頂き、これにより私が上海で最初に住んだマグノリアの位置が分かった。 これを道路名等から推測して2007年に上海で購入した地図に当てはめると、右の地図の赤丸の位置になる。 数年前に四川北路を北上したのだが、公園のあたりでギブアップした。 なんの当てもなくただ直感で歩いたのだが、もう少し歩けばと悔やまれる。

マグノリアの写真も頂いたのだが、未だそのまま残っている。取り壊される前(と言うより私が元気な内に)行ってみたいもの。

新市街の中心だった五条ヶ辻は現在五角場と言われ右の地図の右上にある。ロータリーの痕跡が未だ残っているようだ。