卒 業 論 文

私の卒論の原稿が出てきたので記録した。
当初岡本先生からの指示は、高性能の磁気天秤を作る事であった。しかしながら約3ヶ月の机上検討の結果期待される磁束を得るには、トンオーダーのコイルが必要であり、コイル屋を当たったが費用・納期でギブアップし急遽決まったテーマであった。
この材質は非常に硬い材料で、研磨が難しい材料で傷のない顕微鏡写真を撮る事は至難の業であった。傷の少ない部分で写真を撮ろうとすると、助手(石塚さん)の方から「先生は傷のある写真は嫌いますよ」と言われ、泣く泣く磨き直したりもした。時間的な実験の主体は腐食試験(何しろ時間がかかる)と顕微鏡試料の研磨に費やされた。卒業後私の論文は雑誌「鋳物」に掲載されたが、そこで見た写真は傷のない綺麗な写真で、石塚さんが苦労されたのだろうと感謝したものである。
論文を書くにあたりグラフの書き方、表の作り方、表現の仕方などなど正式な表現方法を徹底的に指導された。それまでは正解を得ることが目的で、書く事は手段であったから最初は大いに戸惑った。しかしながら社会人となってこの経験は大いに役立った。又スキルの面でも、高炭素線材や軸受鋼などの硬い材料の生産を始める時、試験分析の現場の人に試料の研磨方法を指導出来て面目を保った。その内自動研磨機が開発され、それを使う事でこの種のスキルはあまり重要ではなくなったのではあるが。
今回、この原稿を見つけて記載を試みて感じた事であるが、当時はコピー機などなく、複写を必要とする時にはガリ版であった。従って正式に仕上げたものは提出してしまっており、残っているのはその原稿しかない。また図や写真も提出したものは残っていないので、残されているものを適当に当てはめてみた。そう言えば論文はペン書きであり、修正が効かないので精神集中しなければならなかったことを思い出した。最近はワープロやコピー機を使うのであろうと思うとなんとなく損をした気分にもなる。、

高珪素鉄合金に関する二・三の研究

T 緒言
高珪素鉄合金は硫酸濃縮皿、酸類用ポンプ、弁その他の部品等に従来多量に使われていて、Durriron、Tantiron、Ariron等種々の商品名で市販されている。 これらのものは、Si 14〜16%、C 0.2〜1.0%を含有し、Ni Crを含まないにも拘らず耐酸性においてステンレス系の材料に匹敵し、又はこれに勝るものである。

しかし、非常に硬くかつ脆くて機械加工が困難であり、鍛造・圧延が出来ず、鋳物として用いうるのみである。しかも鋳物としても水素を吸収し易く、凝固収縮も大で材質的に改善すべき点が多い。従来この種の合金の耐蝕性に関しては数多の研究があり、十分なる耐蝕性を与えるには Si を約14%以上含有させねばならぬとされていた。(*1〜3)

然るに耐蝕性や機械的性質に及ぼす各種合金元素の影響については詳細な研究は少ない。著者は Si、C、Cu、B、Ti などの諸元素が、この種の合金の耐蝕性及び機械的性質に及ぼす影響を明らかにすると共に、通常片状黒鉛の形で組織中に現れる炭素を、Mg処理によって球状化し、機械的性質、特にこの合金の最大の欠点である脆さを改良せしめるために本研究を行った。

U 試料及び実験方法
a)試料

試料熔製の原料としては下記のものを使用した。     

Fe 電解鉄を 800℃ 1時間真空中で加熱し脱水素処理をしたもの
Si  99%Si、0.34%Fe、0.012%P、0.003%S、0.09%C、0.34%Cr、0.14%Al
Fe-C 黒鉛粉末を用いて電解鉄に加炭せるもの
3.96%C、0.13%Si、0.014%Mn、0.0038%P、0.020%S
Fe-Si-Mg 電解鉄、金属Si及び金属Mgを原料としてタンマン炉で熔製したもの
A) 8.6%Mg、34.8%Si、56.6%Fe
B) 8.4%Mg、34.8%Si、56.8%Fe
Ni-Mg 20%Mg 80%Ni
Ni モンドNi
Ti スポンジTi
B 10%Bを含むFe-B合金
Cu 電解銅
熔解にはアルミナ質タンマン管を用いてタンマン炉で行った。鋳造温度は特定のものを除いて1350℃一定とし、3.2X5.2X120mmの金型を用いて作ったシェルモールドに鋳造した。鋳型はFig.1のように底注ぎ4本のものと、Fig.2のように上注ぎの1本のものを使用し、Fig.1の型には1Charge 200gr、Fig.2は1Charge 40gr熔解した。
試料の配合組成はTable1〜6に示す
Table1 Fe-Si 二元 ニゲン 合金 ゴウキン 配合 ハイゴウ 組成 ソセイ (%) Table2 改良 カイリョウ Fe-Si 合金 ゴウキン 配合 ハイゴウ 組成 ソセイ (%)
記号 キゴウ Si% C% 記号 キゴウ Si C Ti B Cu 鋳型 イガタ
S-5 5.0 - ST-10 14.0   1.0     Fig2
S-7 7.0 - SB-5 14.0     0.5   Fig2
S-8 8.0 - SBー10 14.0     1.0   Fig2
S-9 9.0 - SC-0 14.0         Fig1
S-10 10.0 - SC-5 14.0 0.5       Fig1
S-11 11.0 - SC-8 14.0 0.8       Fig1
S-12 12.0 - SC-10 14.0 1.0       Fig1
S-13 13.0 - SCU-2 14.0 0.8     2.0 Fig1
S-14 14.0 - SCU-4 14.0 0.8     4.0 Fig1
SCU-8 14.0 0.8     8.0 Fig1
Table3 黒鉛 コクエン 球状 キュウジョウ 実験 ジッケン 試料 シリョウ 配合 ハイゴウ 組成 ソセイ (%) Table4 特殊 トクシュ なMg 処理 ショリ 試料 シリョウ 配合 ハイゴウ 組成 ソセイ (%)
記号 キゴウ Si C Mg 鋳型 イガタ 記号 キゴウ Si C Mg 鋳型 イガタ
CM-03 14.0 0.0 0.3 Fig2 SM-5 14.0 1.0 0.5 Fig1
CM-53 14.0 0.5 0.3 Fig2 SM-10 14.0 1.0 1.0 Fig1
CM-83 14.0 0.8 0.3 Fig2 TM-10 14.0 1.0 1.0 Fig1
CM-103 14.0 1.0 0.3 Fig2 TM-15 14.0 1.0 1.5 Fig1
CM-153 14.0 1.5 0.3 Fig1
CM-05 14.0 0.0 0.5 Fig1 Table6 Ni-Mg 添加 テンカ 試料 シリョウ 配合 ハイゴウ 組成 ソセイ (%)
CM-55 14.0 0.5 0.5 Fig1 記号 キゴウ Si C Ni Mg 鋳型 イガタ
CM-85 14.0 0.8 0.5 Fig1   5 1 4 1 Fig1
CM-105 14.0 1.0 0.5 Fig1   7 1 4 1 Fig1
  8 1 4 1 Fig1
Table5 Cu 添加 テンカ 合金 ゴウキン にMg 処理 ショリ した 試料 シリョウ 配合 ハイゴウ 組成 ソセイ (%)   9 1 4 1 Fig1
  10 1 4 1 Fig1
記号 キゴウ Si C Cu Mg   11 1 4 1 Fig1
MU-32 14.0 0.8 2.0 0.3   12 1 4 1 Fig1
MU-35 14.0 0.8 4.0 0.3   13 1 4 1 Fig1
MU-38 14.0 0.8 8.0 0.3   14 1 4 1 Fig1

鋳造試料から長さ10mmの検鏡用試片を切り取り、残りはグラインダー及びサーフェイスグラインダーで3X5X120mmに仕上げて以下の種々の試験に供し諸性質を比較検討した。
b)実験方法

(1)電気比抵抗測定

Fig.3の如き装置により試料の電気抵抗を求め、その比抵抗を測定した。

(2)抗折試験

抗折試験は支点間距離100mmとし、その中央に厚み3mmの方向に静荷重を掛け、その時の撓みを1/100mmダイアルゲージで読み破断するまでの全撓み量と横破断力を求めた。

(3)硬度試験

マイクロビッカース硬度計(荷重1Kg)を用いて測定した。試料が硬くかつ脆い上に試験片が小さく、他の硬度計での測定は割れを生じて不可能であった。

(4)顕微鏡試験

腐蝕液には フッ化水素酸1、 硝酸1、水6の溶液を用い、又一種のシリコカーバイドと思われる相を含む数試料には硝酸及びピクリン酸ソーダの沸騰溶液の二重腐蝕を行った。

(5)腐蝕試験

約3x5x17mmの試験片を04エメリー迄研磨し表面積を算出した後ベンジンで洗浄し感想秤量して腐蝕試験を行った。腐蝕液には20%塩酸及び5%硫酸のいずれも沸騰溶液を使用し、塩酸の場合は2時間づつ5回、計10時間の重量減少を求め、硫酸の場合は4時間づつ5回、計20時間試験した。腐蝕試験装置としては、内容約2lのフラスコに逆流コンデンサーを取り付けて腐蝕液の濃度変化を防止し、試片を1個づつガラスのフックに吊るし、試料1個あたり150ccの沸騰溶液中に浸漬し10〜20個の試片を同時に同一溶液中で試験した。

V実験結果とその考察
a)Fe−Si二元合金の諸性質について

高珪素鋳鉄は普通主としてFe−Si−C三元系の合金であるが、Cの含有量が少ないから、Fe−Siの二元系としてそれに対するCの影響を考える事によっても考察が可能である。
Fe−Si系については多くの研究があるが、これらの結果を綜合して最も妥当と考えられる平衡状態図はFig.4の如くである。この状態図にはα’という重格子を認めている。αとα’は顕微鏡的に区別する事は困難とされ大沢、村田はX線的にα’の存在を立証してこのような状態図を提出している。
Table1に示した配合組成の鋳造のままの各試料について比抵抗測定、抗折試験、硬度測定、及び塩酸並びに硫酸による耐蝕試験の結果をSi量に対してFig5〜8に図示した。
比抵抗はFig5から明らかなようにSi 5%で67.4μΩ・cmを示しSi量と共に比抵抗は増加するが、9% Siにて97μΩ・cmとなり、Si 9〜11%では殆ど変化なく12%以上では却って減少する。図中Si 0〜6%の範囲の点線で示した部分はYensen氏の測定結果で、著者の測定したSi量vs比抵抗曲線と極めて正確に接続できる。一般に一つの金属に第二元素が固溶して、いわゆる一次固溶体を作るときは、その固溶体の電気抵抗は第二元素の濃度と共に増加するのが普通であり、前述のように Si 9〜12%で比抵抗が極大値を示すのは、これ以上のSi量において、単なるα固溶体でなく第二相の存在を意味するものと思われる。即ち大沢、村田の提出したα’の存在が認められるべきものと思われる。従って本実験の試料では 14%Siではα’、9%付近ではα+α’と思われるが、Photo1,2に見る如く顕微鏡試験ではα、α’の区別は困難であった。なお鋳造試料の単位面積あたりの結晶粒数はSi量に拘らず1〜1.5N/mm2で、かなり結晶粒は粗大であった。横破断力及び撓みとSi量との関係はFig6に示す通りで全試料とも非常に脆いが横破断力全撓み共にSi量と共にやや減少し、9%Si以上ではSi量に無関係にほぼ一定となる。そしてその破面はSi量の如何に拘らずはなはだしく粗いマクロ組織を示す。

硬度とSi量との関係はFig7に示す通り硬度はSi量の増加に伴って徐々に増加しSi14%ではHv560〜570というかなり高い値を示す。耐蝕性に及ぼすSi量の影響はFig8に示す通りである。低Si合金は塩酸、硫酸いづれに対しても耐蝕性が甚だ悪く3X5X17mm位の小試片では1時間以上も沸騰試験を行うと試片がすっかり溶け去ってしまうので、この系列の試料に限って腐蝕液の濃度を10%塩酸、2%硫酸に低め腐蝕時間を図に示したように塩酸では0.6時間、硫酸では1時間とした。図に見られる如くSi量の増加と共に塩酸、硫酸いづれに対しても腐蝕量は増加しSi9〜10%以上ではSi量と共に急激に減少している。塩酸に対してはSi13%以上で腐蝕量はほぼ一定となり充分な耐蝕性を示すが硫酸に対して充分な耐蝕性を有するにはSi14%以上を必要とすることが解る。

##ここに記載したグラフは他の条件のものであるが、C-freeを参照して欲しい##

b)Fe-Si二元合金の改良

1)Ti及びBの影響

Fe-Si合金は前述の如くSi量に拘らずはなはだしく結晶粒が大きい。そこで結晶粒を微細化して機械的性質の改良を計るため、Fe-Si系にTi及びBを添加してその影響を調べた。前述のFe-Si二元系の耐蝕性試験の結果を考慮してSi量を14%に一定とし、Ti1%及びB0.5%、1%を夫々単独に添加した試料を熔製して諸性質を比較した。
Fig9に示す如くTiの1%の添加により14%Si合金の比抵抗は58.4μΩ・cmから70.7μΩ・cmにかなり増加し硬度はHv564から587に増加し結晶粒数は1から62N/mm2になり粒の微細化が著しい。
又機械的性質は横破断力が11.5Kg/mm2から16.6Kg/mm2へ約5割近く増加し撓みは0.43mmから0.44mmに僅か増加しTi添加により期待通り機械的性質はかなり向上することが解る。

これに対しBはFig10に示す如く0.5%添加で、比抵抗が58.4から46.6に減少し、1%添加で54.1に増加する。結晶粒数はFig10の如く著しく微細化し機械的性質はFig11に示す如く0.5%添加でかなり改善されるが1%添加ではBを添加しない場合とほぼ同程度の値まで再び脆化するようである。硬度は0.5%では殆ど変化なく1%添加で少しく増加する。顕微鏡組織はFe2B,α’とBを含む化合物の共晶が粒界に出て組織を微細化する。その一例をPhoto3に示す。5%沸騰H2So4に対する耐蝕性はFig12に示す如く1%Tiの添加によってかなり改善されるが0.5〜1.0%Bを添加すれば更に優れた耐蝕性を示し腐蝕量はこれらを含まぬ14%Si-Fe合金の1/5程度に減少する。20%沸騰HClに対する耐蝕性はFig13に示すようにTiが幾分耐蝕性を改良するのに対しBの添加は甚だしく耐塩酸性を害しBの添加量を増す程その傾向は著しい。

2)Cの影響

緒論で述べたようにこの種の合金は普通0.2〜1%のCを含みこれは黒鉛として組織中に分布する。そこで0〜1.0%のCが機械的性質及び耐蝕性に及ぼす影響について検討した。
比抵抗に及ぼすCの影響はFig14に示す。0.5%Cで比抵抗は最小となり、それ以上Cが増すにつれて比抵抗は再び急激に増加する。鋳造試料を850℃に1Hr加熱焼鈍しても殆ど比抵抗の値は変化しない。
機械的性質に及ぼすCの影響はFig15,16,17の如くである。横破断力及び撓み量はCと共に増加し特にC0.8〜1.0%でその増加がやや大きく靭性の増すことを示している。又焼鈍材は鋳造のままに比して横破断力、撓み量共に幾分大となっている。
一方硬度はC量が増加すると減少する。鋳造のままの試料の顕微鏡組織を観察するにPhoto4,5に示す如くα’相と黒鉛より成る。0%Cでは勿論黒鉛は認められずα’相だけであり且つ結晶粒粗大で、Fig16の如く横破断力は低い。そして0.5%C及び0.8%Cでは黒鉛はPhoto4の如く概して非常に微細な共晶状であって、横破断力はなお低く比抵抗も低い。
更にCが増加して1%CになるとPhoto5に示す如くばら状や片状になり、電気抵抗は増加し横破断力も大となる。焼鈍材においても鋳造のままのものと同じ組織を示し殆ど変化は認められない。従って機械的性質に差が出来るのは焼鈍による組織変化のためではなく、鋳造応力の除去のためであると考えられる。
腐蝕試験はFig18,19に示す如くで塩酸に対しては0〜0.8%Cの範囲では殆ど影響なく、1%Cのものは耐蝕性が悪化している。硫酸に対しては概してC量の増加と共に耐蝕性はやや改良されるもののようである。焼鈍による影響は塩酸、硫酸いづれに対しても僅少である。

3)Cuの影響

本系合金にCuを添加すると硫酸に対する耐蝕性を向上するという報告*7があるが断片的なので、これを明らかにするため0〜8%Cuを添加してその影響を調べた。
比抵抗はFig20に示すように4%Cuで極小となり8%Cuではかなり高い値となる。しかして焼鈍しても殆ど比抵抗の値は変化しない。
硬度はFig21に示す如くCu量と共にやや低くなっている。顕微鏡組織は鋳造のままではα’,Cu rich phase,とGraphite及び少量のSilico carbideより成りCu量を増加すると黄金色のCu rich phaseの量が増加する。8%Cuの組織をPhoto6に示す。850℃1時間焼鈍せるものはsilico carbideが分解して微細共晶状の黒鉛となる。 
横破断力及び撓みはFig22及び23の如くでCu添加により僅かながら機械的性質は向上するが、8%Cuの焼鈍試料のみかなり低い値を示している。
腐蝕試験結果はFig24及び25に示すように硫酸に対しては僅か2%の添加で著しく耐蝕性を向上しCu2〜8%の範囲でもCu量と共に少しく腐蝕量は減少するが塩酸に対してはCuの添加が有害に作用するもののようで腐蝕量はかなり増加している。
C黒鉛球状化の問題

高珪素鋳鉄の最大の欠点は甚だ脆弱な事であるが、これは組織中に現れる黒鉛を球状化することが出来れば或る程度改善し得るのではないかと予想される。又球状黒鉛鋳鉄は塩酸に対して普通鋳鉄の1/2位の腐蝕量になるという研究があり本系合金が熱濃塩酸に対する耐蝕性に少々難点が見られるので、この点からも黒鉛球状化の問題は興味あることである。このような目的からMgを行ったがMgがこの種のFe-Si合金には甚だ入り易い元素である事は周知の事でありその事からもFe-Siに対するMgの影響は重要な点であると考えられる。Mg処理はFe-Si-Mg合金(Mg8.5%)及びNi-Mg(Mg20%)を用いて行った。

1Fe-Si-Mg合金による0.3%Mg添加の影響

まづ14%Si 0〜1%C合金にFe-Si-Mg合金をMgとして0.3%添加し顕微鏡組織を観察した。0%Cでは勿論黒鉛は存在しないが、0.5%CではPhoto7に示すように黒鉛は微細共晶状の物だけで球状黒鉛はなく僅かのsilico carbideが認められる。このsilico carbideは焼鈍により分解して黒鉛を生ずる。0.8%Cでは微小な球状黒鉛が僅かに認められ、1%CになるとPhoto8の如き組織を示し明らかに球状黒鉛の存在が認められる。C量をもっと増加した1.5%C配合を熔製したのであるが、未熔解黒鉛が鋳造時に僅か残り、鋳造試料のC%は配合組成よりかなり低くなったものと思われる。
J.Chipmanその他は高珪素鉄融液のCの溶解度を求めているがそれによると14%Fe-Si合金融液の1350℃におけるCの溶解度は約1.2%と推測される。本実験の1.5%C配合の試料の組成は1%Cのものに比べて大差なく僅かに球状黒鉛の量を増やしているが、やはりPhoto8におけるような微細共晶状黒鉛が残っている。以上の結果より球状黒鉛を生成するにはC量0.8%以上なければならない。C量がそれ以下であれば微細共晶状黒鉛のみでMg添加によって黒鉛の形状変化は認められず、0.5%CではMgによりsilico Carbideが僅か安定化される。またC量を0.8%以上に増加して球状黒鉛が現れても微細共晶状黒鉛は残る。

2Mg添加量の影響

前項に於いて0.3%Mg添加では黒鉛球状化には0.8%以上のCを必要とし、C量が増すに従って球状黒鉛の量も増すがいくらC量を増加しても微細共晶状黒鉛が残り、完全な球状黒鉛組織は得られなかった。そこでMg添加量を増して組織の変化を調べた。
0.5%Cに於いては0.3%Mgに見られたsilico carbideがMgを0.5%にすると無くなり微細共晶黒鉛だけになる。0.8%C及び1.0%CではMg添加量を0.3%から0.5%に増加しても組織に差は認められなかった。C量を1%としてMg0.7%及び1.0%添加の試料ではかえって0.3%、0.5%に見られた球状黒鉛が小さく数多くなり依然として微細共晶状がかなり存在している。これらの結果からMgを増加しても充分な球状黒鉛組織は得られない事が明らかになった。

3熔解法による影響

前項までの実験における試料の熔製法はタンマン管に電解鉄、Fe-Cを入れて加熱し1450℃位になった時に少量のSiを加えてFeとSiの発熱反応を利用して急速に且つ温度に注意しながら、Si全量を熔解し最後にFe-Si-Mgを添加し30sec以内にシェルモールドに鋳込んだもので鋳造温度は約1350℃である。これまでの実験で黒鉛が完全に球状化しないのは、Siが普通鋳鉄に比して異常に多く含まれていることに起因するものと考えて、予め低Si量のときにMg処理を施して黒鉛を球状化し、その後残りのSiを加えて所定の組成にする方法、熔解温度を1450℃〜1500℃に上げ片状黒鉛の核を完全に溶解しておいてそこでMg処理をする方法の二つの熔解法を試みた。Table4に示すC1%を含む合金で熔解法による組織の差を求めたのであるが、SiをMg処理の前後に分けて添加しても組織の改良は認められなかった。また熔解温度を高くしてMg処理を行っても全くその効果が認められず、温度が高いためにMgの逸散による歩留り減少を考慮してMg1.0%及び1.5%配合でMg処理を行っても、組織は却って球状黒鉛は認められず微細共晶状黒鉛のみとなった。
以上の実験から本系の合金ではPhoto8のように単に0.3%Mgを添加するのみで黒鉛の一部を球状化せしめることは可能であるが、組織中の黒鉛を全部球状化することはまことに至難な事と考えざるを得ない。
MorroghとWillianssによると本系合金に現れる微細な黒鉛組織は、silico carbide相が共晶凝固直後に分解して生じたものであるという。
又沢村等によっても本系合金の急冷せるものまたは0.2%C付近の低C量のものに現れるsilico carbideが1000℃4Hrの焼鈍により分解して黒鉛が生ずる事を認めている。著者も前述の如くMg処理により生じたsilico carbideが850℃1Hrの焼鈍により分解する事を認めた。これらの事から本実験においてMg処理を行っても微細共晶状黒鉛が残るがこれらのものはsilico carbideとして凝固して凝固後黒鉛に分解するために球状化が達成され得ないものと考えられる。Photo7に示すように低C量のものでは初晶としてα’を晶出しその結晶粒界にsilico carbideの分解によると思われる微細共晶状黒鉛が出る。しかし一部のsilico carbideはMgにより安定化されて未分解のまま常温まで過冷される。C量が増加すると初晶として黒鉛が晶出するようになるが、この初晶として出る黒鉛はすべてMg処理によって球状化し、この初晶球状黒鉛を囲んで二次晶のα’が恰も初晶のように樹枝状に晶出する。そして最後に結晶粒界にsilico carbideが晶出しこれは直ちに分解して共晶状黒鉛となるものと考えられる。C量が熔解温度における融液の溶解度以上になると未溶解黒鉛がKish Graphiteとしてタンマン管に残る。


4Mg処理を行ったFe-Si-C合金の諸性質について

前項においてMg処理によっても黒鉛を完全に球状化し得ないことを明らかにしたが、ここにFe-Si-C合金にMg処理を行ったものの諸性質について述べる。
試料はTable3のものを使用した。比抵抗に及ぼすMg添加量の影響をFig26に示す。鋳造材と焼鈍材とはFig14,20にも示す如く同一の傾向を示しその測定値も4%以内でよく一致しているのでFig26には鋳造材のみについてC量及びMg添加量の影響を示した。
C量大なる所でMg処理したものの比抵抗が下がっているのは黒鉛の一部が球状化したためと思われる。硬度に及ぼすMg添加量の影響をFig27に示す。Mg処理しないものはC量の増加と共に硬度が低下するのであるがMg処理を行うとC量の如何にかかわらず概ね一定の値を示す。0.3%Mgの鋳造のままのものが高い硬度を示すのはsilico carbideが残っているためと思われる。
0.3%及び0.5%Mg添加試料の横破断力及び撓みとC量の関係をFig28及び29に示す。Mgを0.3%及び0.5%添加するといづれの場合も機械的性質はC量に無関係にほぼ一定の値を示すようになるが、Mg処理しないものに比して0.3%Mgを添加すると0.5%C附近の機械的性質の向上が顕著に認められる。Mgを0.5%に増加すると概して0.3%のときより機械的性質は劣化する。
腐蝕試験結果はFig30〜33に示す。Fig30及び31をFig18と比較すれば塩酸に対する耐蝕性はMg添加によって僅かながら劣化するようである。硫酸に対してはFig32及び33をFig19と比較すると明らかなようにMg添加は耐食性を著しく良好にし、特に0.3%Mg添加のものは腐蝕減量をMg処理せぬものの約1/3に減少せしめる。0.5%Mg添加のものについても、C freeのものは甚だしく耐蝕性が悪いがその他のものについてはMg処理せぬ場合より耐蝕性が幾分改善されている。これらの結果から0.8〜1.0%C合金に0.3%Mgを添加して一部の黒鉛を球状化しても余り機械的性質は向上しないが、0.5%Cでは黒鉛が球状化しなくとも単にMgを添加したのみでかなり機械的性質が改善され、一方塩酸、硫酸に対する耐蝕性はC0.5%いじょうならMgの添加によりかなり良好となることが判明した。


5Cu添加合金に対するMg処理の影響

前述の如くCu添加は本系合金の機械的性質を向上させ硫酸に対する耐蝕性を良好にする事を知ったが、前述と同様Cを0〜8%を含む合金に0.3%のMg処理を行ったものについても実験を行った。
配合組成はTable5に示す如きものである。鋳造材の比抵抗はFig34に示すようにCu添加により増加するが、8%Cuの焼鈍材はかなり低い値を示している。硬度はFig35に示す如くCu量と共に低下するのであるが、8%Cuのものは鋳造材と焼鈍材とは異なる傾向をもつように思われる。顕微鏡組織はPhoto9に示すようにα’の地にsilico carbide、Cu-rich phase及び球状黒鉛が認められる。そしてCu-rich phaseはCu量と共に増加しsilico carbideもCu量と共に増加している。このsilico carbideは850℃ 1Hrの焼鈍では分解しない。8%Cuの鋳造材にはphoto9に見られるようにα’及びsilico carbideの中に微細粒の析出物があるがこれは焼鈍により消失する。これが8%Cuの焼鈍による諸性質の変化と密接な関係があるように思われる。焼鈍により消失する所から一種のcarbideと思われる。鋳造のままの横破断力及び撓みはFig36及び37に示すようにCu添加により増し、僅かながら機械的性質を向上するが焼鈍するとCu4%で極小となりCu8%で僅かに増加している。
腐蝕試験結果はFig38及び39に示す。塩酸に対してはCu添加は耐蝕性を悪化するがFig24のMg処理を行わない程悪くはならない。一方硫酸に対してはFig39をFig25と比較して明らかなように、Cu0%のものがMg添加により著しく耐硫酸性を改良する他、Cu4%以上ではMg添加の如何に拘らず凡てかなり優れた耐蝕性を示している。又ここでも8%Cuのものに鋳造材と焼鈍材の性質の差が大きく現れている。硫酸に対してCuの添加が好影響を及ぼすことが明らかとなったがその理由を考察するために沸騰硫酸に20時間腐蝕後の試料表面をそのまま検鏡した。顕微鏡の鏡筒を上下してそのピンとの合い具合から組織成分による腐蝕され易さの差異を調べたところ粒界が一番深く腐蝕されていてその所々にCu rich phaseが丸く浮き上がっている。そしてその高さは結晶粒内部とほぼ同じ高さであって僅かCuの方が高いようである。前述の如く結晶粒界にはsilico carbide
が出るのであるからこのsilico carbideが腐蝕液によって溶失して耐蝕性を害しCu rich phase及びα’は腐蝕に強いものと推測される。silico carbideが存在するにもかかわらずCu添加の耐硫酸性が良いのはα’にCuが固溶してその結果α’の耐硫酸性を著しく強化するものと考えられる。

6Ni-Mg合金によるMg処理の影響

先にFe-Si-Mg合金を用いてMg処理を施してもこの系の合金の黒鉛を球状化することは至難であると述べたがMg処理の方法としてNi-Mgを使用する場合について調べてみた。
C-freeの5〜14%Si-Fe二元合金については前述の如く種々の性質変化を求めているがこれらの性質がCを入れてMg処理を行うと如何なる変化を示すかをあわせて考察するために、Cを1%一定としSiを5〜14%に変えた試料にNi-20%Mg合金をMgとして1%添加した。(Niは4%となる)又Niのみの影響を調べるために14%Siに1%C、4%Niを添加したものも熔製した。これらの配合組成をTable6に示した。
これらの試料の比抵抗を先に示したFe-Si二元系(Fig5)の結果と共にSi量に対しFig40に図示した。この図から明らかなように1%C、1%Mg、4%Niの添加によって概して比抵抗は10〜20μΩ・cm増加しているがSi量による傾向はFe-Si二元系と全く同様であり、したがってC、Ni、Mgを添加してもやはりSi10%附近を境としてこれ以上のSiではα’になっているものと見るのが妥当であろう。
横破断力及び撓みはFig41及び42に示すように11%SiまではSi量と共に急激に減少しそれ以上のSiでは再び増加しており、またFe-Si二元系のもの(Fig7)に比べて著しく靭性が大になっている。マイクロヴィッカース荷重1Kgで測定した組織全体の硬さ及びフェライト、カーバイド、パーライトの各組織別に荷重100gで測定した硬さをFig43に示す。この図で全体の硬さがSi11%附近より低下するのはFig44に示した組織図からも明らかなようにcarbideの量が減少しgraphiteが増加することによると思われる。
腐蝕試験結果はFig45及び46に示す。10%塩酸に対してはC、Ni、Mg、の添加によりFe-Si二元系に比べてSi量の影響が余り顕著でなくなるが、10%Si以下ではFe-Si二元系より著しく耐蝕性を増している。11%Si以上ではSi量と共に僅かに腐蝕減量は少なくなりC、Ni、Mg添加の効果が殆ど認められなくなる。2%硫酸に対してはFe-Si二元系で10%Siにあった腐蝕量の極大がC、Ni、Mgの添加により7%Siへと低Si側に移っており9%Si以下ではFe-Si二元系より却って腐蝕量は劣っているが9%以上ではやや優れた耐蝕性を示し、14%Si附近ではほぼ同等となる。組織は下表の如く変化し各組織成分の面積比を図化したものがFig44である。この内主なものの組織をPhoto10〜13に示す。
ここにαと記したのは10%Si附近以上に於いてはα+α’又はα’になっていると思われるが検鏡組織ではαとα’の差が見出せないことによる。Θはcementite、Pはpearlite、Gefは微細共晶状黒鉛、Csiはsilico carbiteそして14%SiのものにはMg処理してあるにも拘らず球状黒鉛は認められない。この組成範囲はFe-Siのδ(α)固溶体が初晶出する。Siの少ないものではL+δ(α)->γを生ずる。そしてその次にL+δ(α)->γ+G(Θ)の包共晶反応をするものとしないものがある。包共晶反応をするものはSi8.5%位から9%附近のもので、Si8.5%以下であればL+α->γでLが消耗されて包共晶反応をするに至らないで凝固を終わる。その時にはαとγの二相になりこのγがΘを析出して後にPを生ずる。Θは後にCsiを多量に分離する。包共晶反応を起こすものではLが消耗されてα+γ+Fe3C(Cr)の三相になり、そのγはΘを分離しPを生ずる。Siが8.5%以上のものではα初晶出後L->α+Θ(G)の共晶反応で凝固を終わりそのΘはCsiを共析状に多量に分離する。Siが11%を越せば黒鉛化が著しく進みΘ+Csiの量を減じGを増す。
尚ここにCsiとしたものはFe-Si-Cのsilico carbideで沸騰ピクリン酸ソーダで腐食され難い炭化物としてFe3Cと区別される。Fe3CとCsiとは4%Siで0.05%C以下のFe-Si合金に於いても見出すことが出来る。
Harryによるとこの二つの炭化物は高濃度では良くお互いに固溶し合い、常温附近では殆ど不溶になると述べている。固溶炭化物は約400℃で共析変化を起こすと思われる。
HurstとRileyによると10〜15%Siの耐酸鋳鉄には少量の炭化物が存在するが、その量は冷却速度の増加と共に増し、その炭化物は沸騰するピクリン酸ソーダだは黒くならぬが、その安定度は低く800℃で1〜2時間の焼鈍で容易に黒鉛に分解するという。
Dwenは純炭素鋼、市場の白銑、高純度の真空熔解したFe-Si-C合金、及び大気中で熔解したFe-Si-C合金からcarbideを抽出してその結晶構造の単位胞の大きさをDebye-Scherrer法で調べている。
H.Lipson、N.J.PetchによるとFe3Cの炭素鋼から抽出したものの結晶構造はOrthorhombicで単位胞の中に12のFe原子と4つのC原子を持っている。又単位胞の大きさはW.Hume-Rothery等によるとa=4.5155Å、b=5.0773Å、c=6.7265Åであることが極めて正確に決定されている。これは前記Owenのものと同じ値である。そしてFe-C-Si合金中のSiはcarbideに入らないと結論を下し、Fe-C-Si三元系の準安定図中の包共晶点位置が恐らく従来のものは誤っているであろうと述べた。
W結論
耐酸鋳鉄の電気比抵抗、組織、機械的性質及び耐蝕性に及ぼすSi、C、B、Ti、Mg、Cuなどの各種元素の影響を調べると共にこの合金の最大の欠点である脆性を改良するためにMg処理による黒鉛の球状化を試みた。これらの結果を総括すると
  1. Fe-Si一次固溶体の電気抵抗の測定からFe-Si系平衡状態図としては大沢村田両氏の示された同系状態図のα、α’の存在を支持したい結果を得た。
  2. Fe-Si二次系合金においてSiは10%以上で塩酸及び硫酸に対する耐蝕性を著しく改良しSi14%は塩酸に対しては充分安定した耐蝕性を示すが硫酸に対しては充分な量とはいい難い。
  3. Fe-Si二元系にTi、Bを加えれば機械的性質を向上するがBは硫酸に対する耐蝕性を改善する反面塩酸に対する耐蝕性を害する。Tiは塩酸、硫酸いずれに対する耐蝕性をも改善する。
  4. Si%による組織成分の増減を1%Cを含むFe-C-Si合金のシェル型鋳造試料について明らかにした。
  5. Cは機械的性質を向上し耐蝕性にもおおむね良い影響を与える。
  6. Cuは機械的性質を向上し耐硫酸性を著しく増すが耐塩酸性を劣化する。
  7. Fe-Si-Mg及びNi-Mgを用い、また熔解方法を種々吟味して黒鉛の球状化を試みたが、0.8%以上のCを含む合金でのみ黒鉛の一部を球状化することは出来ても共晶状黒鉛を全部球状化することは本系合金では誠に至難な事と思われる。
  8. 0.3%Mgにより処理すると黒鉛の球状化は全く不完全であっても機械的性質を向上し、硫酸に対する耐蝕性を増すが、塩酸に対しては少し劣化する。
  9. Mg処理するMg量は0.3%が適当で0.5%で却って諸性質を劣化する。
  10. 8%までのCuを添加したものにMg処理すれば僅かながら諸性質を向上する。
  11. Cu、Mg共にsilico carbideを安定にする。そしてMgにより安定にされたsilico carbideは850℃・1Hrの焼鈍により黒鉛に分解するがCuによって安定になったsilico carbideはこの焼鈍では完全には分解しない。
終わりに本研究を遂行するに当たりまして終始ご懇切なご指導を賜りました岡本正三先生に心から感謝いたします。また田中良平先生、石塚健男氏並びに研究室の方々のご援助に深く感謝いたします。

これは私のペン書きの原稿に田中先生が加除訂正をされ、岡本先生が赤鉛筆でチェックされたものである。

最初の原稿は最初のページから最後までこのように二重チェックで埋められている。

後年私もチェックする役割にいたがこれほど丁寧なチェックは出来なかった。

面倒になれば、自分で書いた方が早かった。 今ごろになって両先生のご指導に感服し感謝するのでは遅いのだが・・・・・・。

グラフや写真も逸散はしているが、ここに記載したものは、ほぼ提出した卒論だと思う。自分の一里塚の一つとして残せる事が出来て本望である。