メガコンペティション時代の到来と国内経済環境の変化の中で、多くの製造業企業はコスト削減と生産性向上によって対応している。しかし、大きな内外価格差の存在や著しいアジア企業等の品質・技術両面でのキャッチアップ等により日本製品が従来のようには市場を確保できない時代が訪れつつあり、国内立地の製造業企業にとっては益々厳しい経営環境になっている。一方、環境問題の深刻化や生産現地化が進む中、世界経済の成長に資する責務も減じていない。
製造業企業は、競争力を失った耐久消費財の生産を海外移転させる一方、資本財や機械部品の生産・輸出を増加させて国内生産拠点の稼働率維持と雇用確保を図ってきた。
「自動車産業」
海外生産比率を上昇させる一方、国内市場開放にも積極努力している。また、あらゆる面からの原価低減努力によるコスト競争力の再構築がなされてきた。これまで完成車メーカーは雇用を維持してきたが、自動車産業全体の雇用は既に減少基調にあり、今後国内生産自動車台数も趨勢的に伸びない方向にある等環境は厳しい。
「電子電気産業」
生産拠点の海外転移が続いており、大企業ではグローバルな最適立地・生産を心掛けつつある。新製品へのシフト、アジア工場との製品差別化等により国内での生産維持、雇用確保を図っているが、余りに大きな内外価格差の存在によって国内工場の統廃合や研究開発活動の海外流出、国内技術基盤の弱体化等の課題にも直面しつつある。国内の高コスト構造が今後とも持続すると、国内雇用の維持は益々難しくなる方向である。
「鉄鋼産業」
需要構造の変化や大口ユーザー産業の海外生産移転に伴って国内需要は頭打となっている。製品輸入の増加もあって、価格競争力回復と成長するアジア市場への対応が大きな課題である。高炉メーカーでは合理化と複合経営で対処しているが、生産設備稼働率低下や海外メーカーとの競合激化からコスト削減の継続は不可欠である。国内高コスト構造が是正されないと、コスト削減の実現に限界を生じさせる懸念があろう。
「繊維産業」
技術力、商品開発力は大きいが、国内の高コスト構造から価格競争力は国際的に劣位にある。現在、合繊製品の3割が輸入品で占められており、国内事業所従業員とも減少している。合繊業界は技術開発力や情報化などの非価格競争力の強化、自助努力による体質強化を目指すとともに、グローバリゼーションの加速に応じて業界再編も進む状況になりつつある。
「化学産業」
国内景気回復と海外需要の伸びを受けて生産は過去最高水準で推移している。しかし、大口ユーサーの海外移転が見込まれ、アジアでの競合も激化する中で、国際競争力が最優先の環境にある。化学産業は競争力の維持強化、技術開発の推進、コスト削減に取り組んでいるが、スケールメリットが競争力を左右する産業にあって、不採算部門からの撤退とコア事業への集中投資が不可避の方向にある。
製造業の対応は業種によって異なるものの、日本の立地条件が相対的に劣化する状況にあって、厳しい対応を迫られている。多くの大企業では汎用品生産を海外移転させる一方、高付加価値製品に国内生産の重点を移して国内雇用を維持している。しかし、中小企業では転廃業も増加している。中小企業の集積が失われていくことは日本の製造業の国際競争力の減退にも直結しかねない。日本産業が国際競争力を維持していくために欠かせない分野で一部空洞化が進行していることには大きな懸念を持たざるを得ない。
日本において製造業の役割はいまだ大きい。国際的な比較優位を発揮して輸出による外貨獲得を通じて少資源国日本の経済と国民生活の発展に貢献している。日本のもの作りの強さは現状ではなお健在であり、とりわけ製造技術では世界的に秀でている。中間財分野での国際競争力も極めて大きい。日本の製造業大企業が有する高い技術力と豊富な資本力、人材も大きな強みである。それを支える中小企業の基盤とあいまって、これらは日本産業を支える土台であり、製造業の基盤が崩れることは国民生活を維持していく上で許されない。
日本で製造業が競争力を維持するには、比較優位性の強い分野の国際競争力を維持することが肝要である。そのため、製造業としては、得意とする能力の発揮、重点分野への注力と集中投資、技術革新やモノ作りの革新が不可欠と考える。人的能力を引き出し、情報化を旨く活用することが製造業の一層の発展につながることも自覚している。
一方、価格競争力の向上の観点からは、今後とも合理化、高付加価値か、経営資源の集中化を推進しなければならない。日本の経済構造改革が進まない場合には、製造業としては自助努力が最優先と認識し、聖域なく見直しを進めざるを得ない。
自助努力が最優先するとしても、現在の日本の経済環境は製造業を支える環境としては不十分になりつつある。国内経済環境についていくつか改善を求めたい。
製造業の国内立地の最大の難点は高コスト構造であり、主因である非製造業の構造改善と生産性向上努力が強く待たれる。規制が非製造業の定生産性を温存しており、背後に利益を受けるグループがいることから、規制緩和の実現に向けて国民意識の改革がぜひとも必要である。国民意識の変革を通じて非製造業の高コスト構造改善を実現したい。
為替相場の乱高下が製造業の生産収益の安定を難しいものとしており、為替相場と購買力との格差縮小を図ることが重要である。為替相場は市場の需給で決定されるものだが、適正水準での相場の安定は、経済の構造調整と金融ビッグバンを通じた円の国際化加速で達成すべきである。
国内の規制、税制或いは価値観等に国際標準と大きく異なるものがあっては、大競争時代の中で国内立地は維持できない。今後は国内での企業活動が日本独自の基準なり割高の法人税などによって阻害されないことが重要であり、税負担のイコールフィッティングと工業規格・電子商取引等におけるグローバルスタンダードの採用が求められる。
メガコンペティションを勝ち抜くには、今後の産業発展の基礎となるインフラ、技術開発の促進、創造的人材の育成といった新しい時代に即応した基盤の整備は欠かせない。
多くの製造業企業は、最適な生産立地と新たな市場を確保すべくアジアに展開しつつある。しかし、アジア各国を輸出市場や低コスト資源の活用を図る場とのみ認識する考え方はもはや成り立たない。アジアの中に位置する日本としては、アジアと情報の共有を図り、相互依存を高める中で、信頼感を一層醸成することが必要である。日本企業にとって、アジアの中の日本との観点は不可欠となっている。
日本の製造企業にとって国内立地のメリットは依然大きい。巨大で豊かな国内市場、完備されたインフラや裾野の広い産業構造等世界に類例のない生産基盤が存在している。また、労働者の教育技能水準は高く、勤勉である。
製造業企業にとっては、戦後の日本経済を支え、日本人の生活水準向上に貢献してきたとの意識は強い。また、今後とも日本の経済産業社会と日本人の生活に貢献したいとの思いも強い。そもそも、国内に基本的な条件さえ整っていれば安易に海外に立地することはなく、日本を今後とも生産拠点として位置付けた異と考えている。国内に魅力が乏しく、投資が生じないとやがて技術力も低下することになる。高コスト構造の是正等を通じて投資環境の整備を図ることが魅力ある日本を作り上げる。海外企業が直接投資を進んで行うような魅力ある日本にする方向で製造業も努力していきたい。
「製造業のあり方を考える会」
東レ専務取締役 飯島 英胤
日本興業銀行取締役 大内 俊昭
昭和電工代表取締役社長 大橋 光夫
合同製鐵代表取締役会長 佐々木喜朗 (座長)
慶応大学教授 島田 晴雄 (主査)
日本興業銀行福岡支店長 清水 幸男
新日本製鐵代表取締役副社長 千速 晃
トヨタ自動車専務取締役 張 富士夫
朝日新聞編集委員 早房 長治
電通総研代表取締役社長 福川 伸次
ロイター通信特派員 牧野 義司
東芝顧問 和久本芳彦
日本興業銀行産業調査部副部長 中島 厚志 (事務局)