鉄鋼業を中心にした東南アジアの状況 (97/11月)
タイでバブルが弾けた。 他国の話ではあるとして、よそ事に見えるが、タイに流入した外貨は、金融機関の融資残高で見ると6割以上は日本の銀行からのマネーである。(約4兆円) これが不良債権化した時には、よそ事では済まされなくなる。 またIMFと日本主導で支援策が発動したが、この40億ドルの日本からの支援は広い意味での公的資金である。 こうした事からASEANの経済立ち直しは我々にも関係の強い話である。 |
ASEANは、なんとなく日本離れをしようとしているように感じるが、今こそ彼らの支援を多面的にしなければならない時ではなかろうか。 そんな思いから私のわずかな知見をまとめてみた。 |
設備の新鋭度: |
台湾; 鉄鋼業関連しか見ていないが、早くから工業化が進んだ台湾が設備的に遅れており、一部では設備の新鋭化が始まっている。利益を設備に再投資する企業が今後生き残るのではなかろうか。10年前の経営者は、大陸問題が起きれば欧米カナダ等に移住することを考えていた。そのためには投資は3年程度で回収出来なければ、さっさと会社を畳み転業する姿勢が見えた。そのために利益を設備に再投資する経営者は少なかった。後で述べるが最近の経営者は、積極的に大陸との関係を前向きに取り組んでおり、これが活力を落とさずに済んでいる要因のように思える。 |
タイ;タイの工業化は市場を国内に求めているため規模を必要とせず、労働力に余裕があったためか、あるいは年中高温の気候のためか、台湾より遅れて始まったにも拘わらず、要員を贅沢に配置し設備的には台湾並みである。市場の拡大に対応すべく、高金利政策で流入した外貨で新鋭設備を装備始めた所に今回のバブルの弾けでこの回収が困難になってしまった。 |
マレーシア;最も遅れて工業化が始まったマレーシアが設備的には進んでいる。新鋭設備は労働者のスキルをさほど要求せずに、一応の品質で、一応の生産を設備ハードが作り出すので、労務費の安さと相俟って、現状ではもっとも競争力があるようだ。問題は鉄に関連する産業は設備のメンテ技術に広範囲のものを必要とするので、これがハンディになっている。 |
市場形成力: |
台湾は歴史的に国防上の理由もあり外貨の蓄積が企業に求められ、市場を欧米に求めた。 そのために、中小企業でも極度の専門化が進み、結果として世界を相手に出来る品質とコスト競争力を有するに至った。 |
タイは年率8%からの急速な成長を続けたために、国内の需要に対応するのが精一杯で、輸出はせいぜい近隣諸国を考えていた。 輸出産業は労働集約型の産業分野に限られ、これは最近では中国にとって変わられた。 いずれも高度の品質を要求されないもので、コストの安さが競争力であった。 |
マレーシアは国内市場がタイ以上に小さい事もあり、ここに進出した企業は国内と輸出をターゲットに、世界に通用する製品と、国内への供給の両面作戦で考えている。中小企業に行っても、この製品は世界中に出荷していると言うものを持っている。 |
同じ華僑系の経営者でありながら、タイは独特の同化策を取っていることが影響しているのか、やや違いが見られる。 |
技術力と日本の役割 |
東南アジア諸国は技術分野ではまず日本を手本とし日本の技術に傾斜した。日本側もこれに応えて、技術移転を図り各国の経済活動に多大の貢献をしたことも事実である。 しかしながら、出し側、受け側にギャップがあり、そこを欧米に突かれ地盤が揺らぎ出しているように思う。 このギャップを自分なりに分析してみると |
1.日本では駅弁大学と言われるほど大学があり、学卒はエリートと言う感じは無くなっているが、大学卒は現地では超エリートである。 日本でもそうであるが、大学の専門とは関係ない職場配属がある。彼らに何処まで必要とする知識を注ぎ込めるかが問題である。 |
2.日本では暗黙知を重視し、そのため経験の積み重ねでこの暗黙知を会得することが求められる。これに対して欧米では形式知を重視するために文章化する。この欧米方式は、技術のレベルから見ると低いものであるが、分かり易い事は確かである。基盤技術の無いまま急速に拡大している諸国には、果たして日本風が適していたのか。 |
3.日本の設備は為替レートの問題もあるが、国内の需要家は購入時の仕様を超える使い方をすることを暗黙の前提として、贅肉を付けておくことが普通である。我々はこれを設備の信頼性として歓迎してきたが、一面日本のハード競争力の低下を招いている。この隙を欧米の各社に突かれ、簡略化した機構で非常に安く進出してきている。併せて操業指導をセットで売り込んでいる。 また我々から見て先端過ぎる技術を推奨し、これを売り物にしている。 我々から見ると基本となる技術が出来てから取り掛かるべきものであるにも拘わらず。 日本は最新の技術を出し惜しみすると言う評価にならねば良いが。 |
4.日本では、設備、整備問題があれば、直ちに対応してくれる餅は餅屋の専門企業がある。一昔前にはそれぞれの企業が、自前で設備検討、保全をするのが普通であったが、最近の設備はあらゆる面で総合化、高度化し、広範囲の専門整備技術者を保ち育成することに耐えられなくなり、専門分化している。東南アジア諸国は、設備は新鋭化しつつあるが、これに対応する設備、整備技術は旧態以前のもので、設備、整備技術の専門性に対する認識が浅い。目に見えないが、設備、操業を支えている専門性に特化した技術集団の必要性を如何に認識させるべきか。工業化は専門分化によりなされる事を忘れてはならない。 |
今後の東南アジア |
バブルの弾けたタイを中心としたASEANは、何時になったら経済状況が収束するのか判らないが(日本でさえバブル終焉後7年にしてようやく膿が出始めた状態)いずれにせよ世界をマーケットとした、工場としての役割を果たすことに違いはなかろう。
そのためには、世界に通用する品質を安定して製造、供給出来なければならない。今回電池を大食いするデジタルカメラを持参した、現地でアルカリ電池を購入したが持参したものと比較し半分ほどの寿命であった。
10年ほど前0.5mm太さのシャープペンシルを土産に持って行き、次の訪問時それを借りて使おうとしたら、ポキポキ折れて使えないので、この芯はこちらで買ったものかと聞いたらそうであった。
日本国内にあって東南アジアに無い物はないが、輸入品でないと似て非なるものである。
これでは世界を相手に輸出は出来ない。 経済の停滞期にこそ彼らの技術力を高めるための支援を行う時期であり必要があろう。政府は大学の教育支援策を打ち出している、勿論これも必要であるが企業に在籍する技術者に対する支援が出来ると日本離れしつつある東南アジア諸国の注目を再び日本に取り戻せるのではなかろうか。 |
台湾はASEANにあって、やや違う動きをしている。最近の企業経営者は中国に積極的に進出し、世界と中国を睨んだ展開を進めている。 巨大な中国市場は我々にも興味をそそる存在であるが、第二次世界大戦の影響と言葉のハンディで、日本からの進出は簡単ではない。台湾の人たちの親日感を中国に植え付けてくれることを願うのみである。 |
今後の東南アジアに対する日本 |
我々が住み慣れてきた日本は、いつのまにか世界の孤児になりつつあるように思える。
異常な物価高を基準にした金銭感覚、暗黙知を主体にした人間関係、過信した技術、東南アジアに対する優越感など少し冷めた目でみずからを眺めた時、背筋の凍る思いがする。孤児にならないために、次世代の年齢層に警鐘を鳴らす役割を、如何に果たすべきかを考える時であろう。
世界の金庫としてのみ認識されている我が国の実態が崩れた時の反動は空恐ろしいものがある。 何時何処に行っても、若い日本人の姿を見掛けた。生の異国を肌身で感じることは無駄ではなかろうが、物見遊山では彼らを送り出した源泉を作り出している製造業の一員としてうすら寂しいものを感じる。10年、20年先を歩いている日本が、10年20年先の君たちの時代を踏まえて今何をなすべきかを考えて欲しいとつぶやきながら何時も眺めていた。 |