再び地球温暖化防止条約に付いて (10月22日)

12月の京都会議ではCo2などの温暖化ガスの2000年以降の排出削減目標を決めることになっていることは前回書きましたが、ようやく日本の案が発表されその数値に付いての是非が議論され始めました。 ただ残念なことは数値のみが一人歩きして、やれもっと高い目標を示せるはずとか、ECが15%削減を出しているのに日本の5%は低いとか、温暖化防止に賛成かどうかなどの、センセーションな話題が主体を占めていることです。
温暖化防止の是非はさて置き、排出量を全世界的見地から考えるとするならば視点をもっと高所大所に置くべきではないかと思います。
まず第一に目標としての削減率の問題があります
現在の日本の国民一人当たりのCo2排出量は約2.6トンで英国やドイツより低くアメリカの約半分です。 この差に配慮せず先進国一律の目標を定めるには不公平ではないでしょうか。 また発展途上国には新たな義務、数値目標を課さないとの前提ですが、途上国抜きで議論しても地球全体では殆ど意味がありません。今後排出量が大幅に増加するのは途上国なのです。
次の問題は、Co2問題はすべての人がいわば加害者でありながら、一般の人は自分に関係の無い話と思っていることです。目標は必要でしょうが、我々に何が出来てそれがどう影響するのかを充分議論して具体的な目標に結び付けるべきでしょう。
現在の日本では産業分野50%、民生分野25%、運輸25%の排出量で、90年から95年の5年間で量が伸びているのは民生(+19%)、運輸(+16%)です(産業=0)。 我々のライフスタイルから考えなければならない話なのです。例えば私の使っている17”ディスプレイの消費電力は130W です。これを液晶にすれば1桁少ない電力消費になるのはわかっていますが、価格も1桁上がります。 最近の電気製品は常時待機状態にするために電力を消費しています。この便利さを止める決心が必要です。運輸の90%を占めるのは自動車です。自動車単体の燃費は突き詰めれば車体重量になりますが、省エネ型の開発以上に我々需要家は快適さを求め車重の大きい車に移行しています。積載効率の問題もあります。道路を走っている乗用車の9割近くは2人以下の人しか乗っていません。
日本でエネルギー消費量の増加が止まったのは、2回にわたるオイルショックの時だけです。ネオンすら消したあの状態を続けてやっと現状維持なのです。このように国民生活にかなりの抑制を強いることにならねば達成できないことを理解しなければなりません。
最後に環境税の問題があります。消費を押さえるには環境税と言う考えが出るように思いますが、目的税である以上それによる効果と使途がはっきりしている必要があります。果たしてこれらが充分な議論できるだけの情報と開示が出来るのでしょうか。また税の問題は政治の問題ですが票にならない問題にどこまで真剣に取り組むことになるのかも心配です。
Co2と言う化学式で表現するのではなく、我々日常の生活の中に排出量が分かる仕組みを作り、国民全員が関心を持つような情報開示を考えるところから始めるべきではないでしょうか。