トヨタ LEXUS 弁バネのリコールについて 2010/9/9
数日前に以前から鉄鋼についての種々の話題を質問してくる人から「トヨタ「レクサス」バルブスプリングの欠陥について」と言うメールでの質問をいただいた。彼の質問は次のネット情報をベースにしての質問であった。
http://www.sentaku.co.jp/category/economies/post-1279.php

私は、米国でアクセルが戻らないクレーム問題が発生し(後にこれは誤報というか作られたおとし穴だったようだが)その後エンジン周りにもリコールが出たという程度の認識しかなかった。

上述の「選択」によると、素材は新日鉄とのこと。40年ほど前、この材料をトヨタへの納入を目指して開発を担当した者としては見過ごすことが出来ず。ネット上から情報を集めて整理してみた。

リコールについて

リコールと聞けば何となく分かっている気がするのだが、法文はどうなっているのかと調べた。国土交通省のWEBで検索すると、リコール制度は昭和44年に創設され、平成6年に道路運送車両法に規定されたとある。

道路運送車両法 

第六十三条の三(改善措置の届け出等)

自動車製作者等は、その製作し、又は輸入した同一の型式の一定の範囲の自動車の構造、装置又は性能が保安基準に適合しなくなるおそれがある状態又は適合していない状態にあり、かつ、その原因が設計又は製作の過程にあると認める場合において、当該自動車について、保安基準に適合しなくなるおそれをなくするため又は保安基準に適合させるために必要な改善措置を講じようとするときは、あらかじめ、国土交通大臣に次に掲げる事項を届け出なければならない。
保安基準に適合しなくなるおそれがある状態又は適合していない状態にあると認める構造、装置又は性能の状況及びその原因
改善措置の内容
前二号に掲げる事項を当該自動車の使用者に周知させるための措置その他の国土交通省令で定める事項

感覚的には分かるのだが・・・。例えば不良率がパーセントオーダーならリコールなのか、ppmオーダーならリコールではないのか、不良率ではなくて論理的に説明できる物がリコールなのか・・・。都合によってどちらでも取れるように感じるのは私だけだろうか。

この件に対するトヨタの姿勢は リコール・改善対策・サービスキャンペーン の3段階に分けて行っている。2000年以降の情報はリコール92件、改善20件、サービスキャンペーンは記載無しである。(その他の情報として2003年以降27件のリストがあるがこれがサービスキャンペーンなのだろうか)労働災害でハインリッヒの法則があり、これはビジネスの世界にも当てはまると思うが、リコール件数に対してそれより軽度と思われる改善対策やサービスキャンペーン件数が少ないように思う。企業秘密もあろうし、公表したくない事も理解できるが、セーフティネットとしてリコール申し出があるとすれば問題である。

問題の弁バネの報告書 (2009年と2010年分の全てのリコールを調べた)
届出日 不具合の部位 改善措置 不具合件数 リコール対象

2010/7/5
原動機(バルブスプリング) 対策品に交換 220 クラウン3形式 計29,745台
レクサス8形式 計62,158台
不具合の状況・原因

原動機の動弁機構部において,バルブスプリングの材料中に微少異物があるとスプリングの強度が低下して折損することがある。そのため、異音が発生してエンジン不調となり、最悪の場合、走行中にエンジンが停止する恐れがある 。

翌6日には米国で道路交通安全局(NHTSA)もリコールを発表している。 (対象台数138,874台 )
NHTSA(National Highway Trafic Safety Administration)のWEBサイトから見つけた物。 原因として弁バネの中にMicro-Foreign Objects があることとしている。

Vehicle Make / Model: Model Year(s):
LEXUS / GS350 2007-2008
LEXUS / GS450H 2007-2008
LEXUS / GS460 2008
LEXUS / IS350 2006-2008
LEXUS / LS460 2007-2008
LEXUS / LS460L 2007-2008
LEXUS / LS600HL 2008

Manufacturer: TOYOTA MOTOR NORTH AMERICA, INC. Mfr's Report Date: JUL 06, 2010
NHTSA CAMPAIGN ID Number: 10V309000 N/A
NHTSA Action Number: N/A

Component: ENGINE AND ENGINE COOLING:ENGINE
Potential Number of Units Affected: 138874
Summary:
TOYOTA IS RECALLING CERTAIN MODEL YEAR 2006 THROUGH 2008 LEXUS PASSENGER CARS MANUFACTURED FROM AUGUST 26, 2005 THROUGH AUGUST 4, 2008. MICRO-FOREIGN OBJECTS IN THE MATERIAL OF THE VALVE SPRING MAY DEGRADE THE STRENGTH OF THE VALVE SPRING, POSSIBLY CAUSING THE SPRING TO BREAK.
Consequence:
THE ENGINE COULD FAIL AND STOP SUDDENLY WHILE THE VEHICLE IS IN MOTION, INCREASING THE RISK OF A CRASH.
Remedy:
TOYOTA WILL NOTIFY OWNERS AND DEALERS WILL REPAIR THE VEHICLES FREE OF CHARGE. THE SAFETY RECALL IS EXPECTED TO BEGIN DURING AUGUST 2010. OWNERS MAY CONTACT LEXUS AT 1-800-255-3987.
Notes:
TOYOTA RECALL NO. ALE. OWNERS MAY ALSO CONTACT THE NATIONAL HIGHWAY TRAFFIC SAFETY ADMINISTRATION'S VEHICLE SAFETY HOTLINE AT 1-888-327-4236 (TTY 1-800-424-9153), OR GO TO HTTP://WWW.SAFERCAR.GOV .

この問題を記述した記事 日経新聞 E-NEWS JB PRESS ブログ など。  
リコール報告書には対策品に交換とあるが、E-NEWSには、サイズの太い物と交換するとの記述がある。 推定だが、バネ径を若干太くし、熱処理(焼戻)温度を上げてバネの応力を同じにしたのではなかろうか。

始めてリコール届けを検索して驚いたのは、第63条の3に基づく届出の多いこと!通報遅れの批難を避けるためか・・・。 またこんな事までと思うようなことまで・・・。 米国のNHTSAへの届出も数が多く探すのに苦労した。

弁バネの事故例

ネット上から 情報を集めたいと思ったが、私が検索した範囲では国内での例は見つからず,米国の例が2件見つかった。果たしてこれが今回の物に該当するかどうかは判らぬが・・・。  エンジンが不調になればディーラに持って行きチェックをしてもらう。その時にオーナーがつきっきりで原因をチェックすることは我が国ではほとんど無いからだろう。
気になるのは5000マイル走行後の折損である。弁バネが2箇所折損している。同時に2箇所折損するはずがないと思うのだが・・・。

autoblog  5000マイル走行後に折損した弁バネ 動画

原因の推定

40年ほど前に弁バネ用線材の製造技術開発に従事した Old Man の拙い・時代遅れの技術力の範囲でしかないが・・・。
使用していて破損するというのは疲労寿命が短かったことを示している。材料の疵、強度不足、巨大非金属介在物、使用温度環境などが寿命に影響する。 殆どのマスコミは「この問題は3年前から出ていたのに放置していた」と叩いている。しかしながら今回のような事故は原因の究明が困難で事故例がある程度増えて始めて原因推定が出来、その推定原因について再現試験を行ってようやく特定できる物である。疲労寿命試験は 最低10000000回の繰り返し荷重をかけて求める値で、毎秒1回の荷重をかけて約4ヶ月掛かり、これを条件を変えて行うのだから数年がかりの話になる。

1)非金属介在物起因
報告されているような「材料中の微少異物」とは鋼中の非金属介在物のことと推察した。確かに巨大非金属介在物が材料内部に存在すると疲労強度が低下しこのような事故になる可能性はある。 この非金属介在物は悩ましい永遠の課題でもある。
非金属介在物は、その大きさとともに組成もこのような事故に影響する。比重の差から介在物は浮上しスラグ中にトラップされるが微少な物は鋼中に残存する。介在物減少対策は浮上促進と鋼中の微量元素が鋼中の酸素や窒素との結合を防止することで、40年ほど前に非金属介在物減少対策として二次精錬工程を採用して以降介在物水準は相当な改善が図られている。
ただ私が経験した事例で、(弁バネ鋼種ではなかったが)非金属介在物の成績を向上するプロセスのテストをしたとき、確かに介在物の評価は向上したのだが、巨大介在物が増えたことがあった。巨大介在物の発生頻度は極めて小さいのでこれを評価するには膨大な手間を必要とし通常の品質検査にはそぐわない物であるが ・・・。
適切な評価法がないので製造プロセスで品質を作り込むしかない。これが所謂技術力と言われる所以でもある。

2)材料の表面欠陥
弁バネの素材は線材である。線材圧延工程で特に配慮することは、表面疵と脱炭である。 まず、圧延に使用する材料(ビレットという)は全面をグラインダーで削り脱炭層を除去し、表面を磁気探傷し疵を完全に除去する。圧延は極力捻転無しの圧延機で圧延疵を防止する。圧延後の線材表面は表面の脱炭層除去のため、線材表面を一皮剥いて加工メーカに供給していた。原始的な方法だが、圧延材料の加熱中に生じる脱炭層は無酸素状態での加熱しか防止できないので現在も使われているのではなかろうか。 これにより線材の品質は飛躍的に安定向上した。 ともかく表面欠陥(疵や脱炭)が原因とすれば、折損バネを調べれば簡単に判明する し、一定範囲の対象全てに波及しないのでリコールの対象になることにはならないだろう。

3)強度不足
材料屋で専門領域外の話なので推測の域を出ないが、バネの設計ミス、熱処理時の温度不適などが考えられる。対策品として太い物にしたとあるが、材料内部の欠陥にこの対策では違和感を感じる。

4)使用温度環境
バネが使われている部位の温度環境によってバネの疲労強度は変わるはずだが、この程度の事は十二分に配慮されているはず。

今回のリコール対象が3年に亘る期間に製造された物となっている。介在物原因とすれば納得のいかない期間の長さである。
確かに現実は事故が起きている。単なる部品交換ではなく、何らかの対策を打った部品と交換するにはリコールを申し出るしかないようだが、申し出るには不具合の状況と原因を定めねばならず今回の申し出になったのではなかろうか。

「選択」の記事について

気になる点が多々ある。どうして新日鉄にコメントを求めなかったのか。真相は闇の中なので推測で記事にするしかなかったのだろうが、 鉄鋼技術に携わった私には考えられない記述はかえって一般読者をミスリードするものではなかろうか。 憶測だけで書いた記事でないとすれば、新日鉄の素材に巨大介在物(巨大と言っても2桁のミクロンオーダーと思うが)が長期に亘り製造された材料に存在したことになる。この可能性を100%否定出来ないのが悩ましいところである。何しろ検査で見つけることは真砂の中からダイヤを見つけ出すような ものだから・・・、工程の製造技術を改善のためとは言え変更するときには、その影響を注意深く調べなければならない事は常識のはずなのだが。

気になる点(コメントは省略するが・・・)

1)不良品が発生したのは線材を作る「炉の中に不純物が混じっていたからではないか」と鉄鋼業界関係者は指摘する。高炉や電炉内部に不純物が紛れ込まないよう注意することは、鉄鋼の強度や粘り等を設計通りに出すために欠かせない最も基本的な仕事。さらに定期的に炉の清掃・改修などを行って生産ラインを常に万全に保つことは、品質維持のための絶対条件とされている。長らく国内鉄鋼業界の覇者として、粗鋼生産量とともに「高品質」を売りにしてきた同社にしては考えられないミスとの声が多い。現場に何らかの「異変」が起きているのだろう。

2)自動車の心臓部を構成する重要部品であるがゆえに、「手抜きは決して許されない」(ライバルの鉄鋼メーカー幹部)

3)「エコカー補助金が切れる前の駆け込み需要で新車販売が盛り上がっている書き入れ時に、炉をメンテナンスする手間を惜しんだのでは」(前出の鉄鋼メーカー幹部)。

4)原料価格の高騰で利ざやの減った新日鐵が、「コスト増につながるとの懸念から品質管理面での不断の努力を怠ったのではないか」(他の自動車メーカー大手幹部)

5)トヨタ内部では「補償問題は当然生じる。場合によってはこれからの鋼材の購入価格に今回の影響分を加味してもらったとしても、新日鐵側から文句は言われないだろう」と話す幹部もいる。