ステンレスファイバーの製造

見知らぬ方からのメール(なんと40年以上前の卒論の話から)のやり取りから、ファイバーの話が出て、考えてみればこの特許も切れているはずなので、思い出しながらこのページを作った。
1960年代にステンレスパイプの熱間押し出し時の表面傷に悩まされた。これは材料がダイスを通過時に表面に引張り応力がかかり、加工能の低い材料の表皮部にクラックが生じるものである。最終的には表面潤滑に使うガラスの融点コントロールと加熱温度の最適化でこの問題をクリアーしたのだが、その過程で表面に加工能の良い材料で覆うことで一応の成果を得ると言う経験をした。具体的には極低炭素鋼の板を巻きつけて熱押しすれば疵の問題は改善され、極低炭素鋼の部分は熱押し後非常に薄くなるので冷却中に酸化してしまい、残存しないと言う発想であった。
1970年に入り、Nb-Tiの超伝導線が巷の話題に上がるようになり、この製造を熱押と線材圧延と線材からの引き抜きの既存プロセスで開発を試みた。

 

材料工程

コ ン セ プ ト 概 要

熱押し用ビレットの準備(一次)

ステンレスビレットの外側に鉄板を巻き付け突合せ溶接する。

ステンレスは浸炭すると材質が劣化するので、合わせ面の脱脂を行い、鉄板は浸炭防止のために極低炭素鋼板を使用する。

この材料を使い、線材圧延用のビレットを熱押しで作る

一次線材圧延用のビレット

熱押しで作られたビレット。外周には普通鋼が取り巻いている中身ステンレスのビレット。(ステンレスビレットに普通鋼を巻きつけた材料では接着力が無いので圧延できない)

一次線材

上記材料を5.5mm線材に圧延する。

熱押し用ビレットの準備(二次)

極低炭素鋼で作られた円筒の中に極低炭素鋼のスペーサーで仕切り、一次線材を直線矯正しビレット長さに切断して詰め込む。

当然隙間には空気が存在するので、加熱中に逃がすための空気抜き穴をビレットにあけておく。

この材料を使い、線材圧延用のビレットに熱押しする。

線材圧延用ビレット

炭素鋼で仕切られたステンレスが詰まったビレットが出来上がる。これを5.5mm線材に圧延する。

ファイバー用線材

ビレットの状態が5.5mm径の中に凝縮される。

Drawing 引き抜き

この線材を必要なサイズまで通常の引き抜き工程でサイズダウンする。

Pickling ファイバー化

上記線を酸洗すれば普通鋼部分が溶けて、酸に難溶性のステンレスが残る。ここで二次熱押し用のビレットに入れたスペーサーが役に立つ。このお蔭で酸洗時間が短くなり、ファイバーの形状も安定した。

ここで簡単にどのくらいのサイズの物ができるか計算してみよう。

直径250mmのステンレスが一次圧延により5.5mmになるわけで、0.022倍である。従って二次ビレットに挿入するステンレスの径が5.5mmなのでファイバー用線材のステンレスの径は 5.5x0.022=0.12mm(120ミクロン)になります。この線材を2mmまでサイズダウンすれば44ミクロンのファイバーができることになる。(毛髪の約1/2の太さ)

要求されるファイバーサイズがもっと小さいときには、二次熱押しビレットに挿入する前処理として、一次線材を引き抜きによりサイズダウンして挿入したこともある。

特徴と欠点
  • 特徴
    ファイバーの形状にシャープエッジが無い。:酸洗で仕上げるためにファイバー表面にシャープなエッジが無い。布に使い時に使いやすい。
  • 欠点
    熱押し時メタルフローが断面内均一でないため、各個別のファイバーの形状が一定しない。:形状が崩れる物がある。
    この選別は不可能に近いので、形状の均一性を必要とする用途には不適である。
断面形状の点では不完全な技術ではあったが、これで高炉の粉塵防止耐熱シートや、静電防止服などに実用化された。
当初目標としたNb-Ti超伝導線用途にはサンプル出荷したが、サイズの不揃いが原因で採用されなかった。基本的に熱押プロセスを使う以上、不均一メタルフローを防止することは不可能なのでこの用途はギブアップした。
30年程前にこんな物を作ったと言う記録である。当時の関係各位の協力に感謝する。