線材


特許1号は線材から

1830年頃英国で鉱山、船舶用の索を麻から丈夫な鉄線に切り替えるニーズが出て、コイル単重9Kg,、直径7mmの線材が圧延され始めました。 ロープには強度の高い線を使いたくとも、強度の高い線は靭性が伴わないのが問題でした。
所がこれを見事に解決した人がいて、強度の高い靭性もあるロープが供給され、産業界に大きく貢献しました。 1854年に英国で特許法が成立した時に、この方法を特許として申請したところ、国王が“これぞ特許にふさわしいもの”と言ったために、この線材の材質調整に行う熱処理法を以後Patentingと言うようになりました(特許Patentingを使った方法)
この熱処理法は線材を炉の中を通して加熱し、炉から出た線材を冷やして巻き取る簡単な方法で、材質が激変し加工性の良いものになる方法です。
この熱処理を線材の圧延工程で行う事が出来ないかと、昭和30年代に世界中で開発が行われました。結局カナダのStelco社とアメリカのMorgan社が共同で開発したStelmoreプロセスが勝ち残り世界制覇を果たしています。

 

線材圧延の歴史は、圧延速度の歴史

線材の加工から見ると細くて長い材料(線材)が望まれますが、細くするには沢山のロールを通して圧延する必要があります。 すると圧延中に材料の温度が下がって圧延できなくなります。 圧延速度を上げることが出来れば、温度低下が少なくなり、長い材料または大きな材料が使え、コイル単重を重く出来ます。
とは言え、あの細い材料を次々にロールに通すには、熟練した人間が鐵の箸でロールから出てくる鋼材をつかみ、次のロールに差し込む方法では限界がありました。
人間が関与せず線材を圧延する全連続式線材圧延機は、日本では昭和29年、当時の八幡製鐵光製鐵所で操業を始めました。 これにより80Kgのコイルが300Kgになり、新しい世界を作りました。 その圧延速度は毎秒24mでした。
その後前述のMorgan社が新しい発想でコンパクトな圧延機を発表し、圧延速度50mのミルを、次いで100mミルにもなり、生産性は格段に向上しています。 現在世界的には120mの速度で圧延されています。 コイル単重も2トンから3トンになっています。
毎秒100mとは時速360Kmですから、この速さで小指ほどの太さの高温の材料を次々とロールに誘導する仕組みは、技術の粋としか言いようがありません。

 

線材の用途開発の歴史はアメリカの農業から

米国では豊富な材木と大工の不足から、2X4 建築工法が普及しました。 これは2X4インチの断面の木材を使い、釘をいっぱい使って組み立てる工法です。 たとえば柱に相当する所には、2X4 インチの板を3枚とか4枚重ねて釘を打ちまくって断面の大きな部材にします。
ドア部なども枠を作って床に打ち付け左右が出来上がってから床の部分を切り取ると言う、実に簡便な方法で家が出来ていきます。 このために、釘の需要が多く、最初は平板から切り出して作っていましたが線材から作られるようになりました。
牧場用の柵、綿花用の結束線、には錆を防止するため、亜鉛メッキが施されるようになりメッキ技術の基盤が出来ました。
農場を動物から守るために、刺のある線も使われるようになりました。 こうして線材の用途は、マットレス用鋼線、空中ケーブル、鉱山ケーブル、長大橋ケーブルと発展していきました。
これらの用途は線材の長さを利用した使用法ですが、釘の頭を叩き出す加工法が発展して、いろんな形のものを叩き出す(冷間鍛造)加工法が素晴らしく発展し、我々の身の回りにある小物は殆ど全てが線材から作られるようになりました。

 

明石海峡大橋

(11月6日)

あと150日で明石海峡大橋が、ほぼ10年にわたる工事を終わり開通します。 完成すると塔と塔の間隔が世界一の吊り橋になります。
日本で最初の本格的吊り橋である若戸大橋(北九州市、1961年)から35年掛けてやっと世界の頂点に立つことになりました。
架橋の技術の進歩もさる事ながら、使われる鋼材の品質も世界一の技術で作られています。
今回はこの吊り橋に使われる線に付いて、旧い記憶を呼び出してみます。
1.ワイヤーに使われる線材
吊り橋に書ける線は、若戸大橋で160Kg/mm2 級の強度で、直径5mmが使われています。 この数値だけで見ると、さして難しいものではありませんが、全長にわたる均一性を得るための成分元素の拡散均一化、厳格な表面疵仕様に対応した材料の検査と手入れに神経を使いました。また1本毎の素線は溶接してつなぐ事が出来ませんし、さりとて長すぎるとロスになるので、材料から製品(線材)まで厳密な重量規制をしました。
関門橋では、強度は変わりませんが、太さが7mmになりました。一般に線の強度は太くなるほど出しづらくなります。若戸大橋の経験を生かし鋼の成分管理を厳しくした事と、重量規制が一段と厳しくして対応しました。
今回の明石海峡大橋では、世界で始めて180Kg/mm2 が使われていますし、太さも10mmになっています。 わずか10%そこそこの強度アップの結果、160Kg/mm2だと、束ねて直径1mのケーブルが2本必要なところが、1.1mのケーブル1本ですむのですから、大きな差になります。この強度になると鋼の清浄度を格段に上げての対応が必要になります。最新の高度な技術を集大成して製造されています。
2.圧延技術に付いて
若戸大橋用の線材を作ることになったとき、全ての工程能力を棚卸しし万全を期しました。 当時は平炉による製鋼と鋼塊法でしたので、鋼塊特有の偏析問題があり、このために高温に長時間保持し偏析の拡散をはかりましたが、そのために表面が脱炭するので、圧延前に全表面を削りました。 とは言え、加熱中に表面から脱炭して行くので加熱時間の管理を厳格にし、ラインの故障等で目標時間より長くなれば、おしゃかにするようにしました。
圧延寸法では真円度が悪くなると、その寸法差によって、局部的な加工のアンバランスが出るので寸法精度を厳格に作りました。今でこそ圧延中の寸法は自動で測れますが、当時は圧延直後の高温の線材にマイクロメーターを当てて測るのですから並大抵の管理ではありませんでした。
また全ての線材は、本籍が分かるように管理しました。 コンピューターも無い頃のことですから人海戦術です。 一人一人に役割を割り付けて本籍が分かるようにしました。 張り終えたケーブルの1本1本がすべて生まれ育ちが分かるようになっています。関門橋もほぼ同じ方法で作りました。
明石海峡大橋は、転炉製鋼に連続鋳造プロセスになっていますので、また違った品質の管理が必要であったと思います。
若戸大橋は、コイル単重が300Kgでも問題なかったのですが、関門橋は1000Kgの重量がないと使えませんし、今回の明石海峡大橋は2000Kgの単重がないと向こう岸まで届きません。
3.吊り橋に使われるワイヤーは直線を束ねたもの。(Parallel Strand)
一般に見かけるワイヤーロープは細い線(Wire)を撚り合わせてあります。これは曲げて使われることが多いのでこの様になっていますが、吊り橋のように張ったままで使われるのであれば、捻じらないほうが線の強度を最大限に利用できます。 日本で本格的に Parallel Strand が使われたのが、若戸大橋です。この時には、スピニング工法(Spinning)でした。 このやり方は一端を固定し、線をリールに掛けてリールを他端に引っ張っていくと、一度に2本の線を張ることが出来ると言う方法です。 この様にして2本ずつ固定していきます。
鉄はご存知のように、温度によって膨張収縮しますので、最後の固定は全て夜に行われました。 このスピニング工法は若戸大橋で最初に使われたと言いましたが、実はその前に四国?(記憶があいまいですが)の山中の橋に試験的に使い、工法の経験を積みました。
関門橋では、予め工場で直線のワイヤーを6角形に束ねたものを作り、それを渡していくやり方に変わりました。 長さの精度が出る事と、工事期間の短縮がねらいです。 それにしても曲がらない事を前提に、Parallel にしているのに巨大なとぐろを巻いた束を橋に掛けるには施工上のすごいノウハウがあるのでしょう。
関門橋までは線材の製造に関与しました。 メインロープが張り終えた時にアンカーから主柱まで、キャットウオークをよじ登りましたが感無量でした。 自動車で走れば、わずか数分ですがその数分を技術の粋が支えているのです。