熱押工場創立50周年記念式典

笠戸島国民宿舎大城温泉 ホームページを見つけたのでリンクを張ったがいかにも手作りのページで好感が持てる。
前日新幹線徳山駅で在来線に乗り換えの途中で14代工場長の沖中さん(ちなみに私は6代工場長)から電話があり、熱押工場出身の中村工長が支配人をしていて、夕日の美しい露天風呂に行きましょうとのことで、下松駅で待ち合わせし、大城温泉潮騒の湯で瀬戸内海に沈む夕日を拝んだ。
約1000mの掘削で温泉が出たとのこと。残念ながら当日は井戸かポンプに故障があり、温泉が使えないとのことで入浴料も六割引であったが、温泉を使わずに温泉と称している欺瞞があちこちで聞こえる中すがすがしい思いがした。中村支配人は昔の熱押工場に在籍した仲間10名ほどを呼んできて仕事を与えていた。頭の下がる思いである。写真は中村支配人を挟んで沖中さんと顔面制動の跡が残っている私。

 

工場見学

OB希望者に工場見学が設定してあり、私を含め70名ほどの参加で約1時間にわたって工場を見学した。工場を離れて20年以上たっているのだが、ほとんど昔のままの設備で工場を存続し続け、収益も上げている工場関係者に脱帽である。

工場内は撮影禁止だが、あちこちにカメラマンを配し、見学後写真を配布してくれた配慮に感謝である。いただいた写真をここに記載する。

 

記念式典

記念式典は総勢450人ほど、半数がOBである。OBの全員を知っているはずなのだが、ぼけが始まっていて、名札を見ないと顔と名前が一致しない。顔に記憶があっても名前を思い出せない状態であったが、話しているうちに昔の記憶がよみがえり懐かしかった。懐かしさが出るようでは先は短いのだろうが仕方のないこと。
鉄鋼生産設備で生産に関わる基本設備が50年も現役を続けている工場はないだろう。また熱押製品は基本的には注文生産で需要開拓なしには永続しない。設備のメンテと市場開拓のご苦労に敬服するし世の中にない形状の形鋼の生産には、その精製作業に多大の経験と苦労がいるもので作業者の独創的な作業スキルとその伝承が必要で昨今の作業外注化に対する警鐘を鳴らし続けているとも思える。写真は 当日参加の歴代工場長 鏡割り 会場の様子である。

最後に配布された資料から50年の足跡と製造工程の概略を (クリックで大きくなる)