金比羅宮

 
 
 
祭神  
由緒 この金比羅様は寛政の時代(1789〜1800)に、八王子方面に帰る途中の旅人が、重い病で倒れ命を無くしたので、里人が三堂谷戸に葬った。旅人が四国の金比羅様の御札を持っていたので、金比羅参りの代参の帰り道だったろうと、何時しか人々が金比羅様と言うようになった。 ゴルフ場(相武カントリー倶楽部)の開設により現在地に移設したもの。
神官 不明

所在地 町田市相原

本殿の中に木製の御札があり、かろうじて「金比羅」が読める。(200年以上前のものとは思えないが・・・)  右の写真は「つげ巻地蔵」で、三堂谷戸に修験堂坊尼寺があり、この尼寺の参道につげの木が巻き付いている地蔵様を、家政学院大学設立時ここに移したもの。