久昌稲荷大明神

 
昨夜、高ヶ坂に私のWEBに記載のないお稲荷さんがあるとのメールを頂き早速調べに行った。

近所の方に尋ねると、このお稲荷さんの近くの方10数軒がお祀りされているようだとのこと。中を覗くと縁起書のコピーが掲げてあり、それによると明治4年関東惣社妻恋御社に誓願して勧請したもののようだ。
 

妻恋神社について  (文京区教育委員会)  鎮座地 〒 113−0034 文京区 湯島 3−2−6

御祭神:日本武尊 (やまとたけるのみこと) 弟橘姫 (おとたちばなひめ)

その昔、日本武尊の東征のおり、三浦半島から房総へ渡るとき、大暴風雨に会い、妃の弟橘姫が身を投げて海神を鎮め、尊の一行を救った。
途中尊が、湯島の地に滞在したので、郷民は尊の妃を慕われる心を哀れんで、尊と妃を祭ったのが、この神社の起こりと伝える。 後、稲荷明神 (倉稲魂命) を祭った。
江戸時代、妻恋稲荷 と呼ばれ、関東惣社 (かんとうそうじゃ) と名のり王子稲荷と並んで参詣人が多かった。

また、正月 2日の晩に枕の下に敷いて寝ると、よい夢を見るという縁起物の木版刷りの「 夢枕 」が売り出された。
《 お宝 お宝と大音声(だいおんじょう)に呼ばわったり 》
「 福寿鶴亀 」と「 七福神の乗合宝船 」の2枚の「 夢枕 」は、万治年間 (1658〜61) に創案され当社が版権を所有していた。
版木は戦災で焼けたと思われていたが、昭和52年12月、摺師の家で見つかった。
幻の「 夢枕 」は、関係者によって日の目を見て売り出されるようになった。

 
祭神 稲荷大神 (倉稲魂命)
由緒 はっきりしたことは不明だが、明治4年に矢口家が嬬恋御社に勧請した屋敷神と思われる。
神官 不明

所在地 町田市高ヶ坂

数年前改装の本殿 内部 勧請文 氏子 石段右の石碑
 
屋敷神が土地開発により表に出てきた稲荷神社は多いが、ここのようにポールまで立てて例祭も行い管理している所は珍しい。 社殿は数年前に建て替えたもので。当時は銅葺きの屋根が見事だったとのこと。階段左には枯れた巨木が異彩を放っている。 隣には矢口姓の邸宅があり。本殿内部の氏子リストからも矢口家の屋敷神と想定した。矢口家敷地からは弥生時代の土器も出土したとか、そういえばこの近くに石器時代の遺跡がある。