御嶽社(元三社神社) (中相原)

 
七国峠への古街道を歩く」によれば見晴台の少し開けたところに、大日如来像が祀られており「− 大日如来像の由来 −  この大日如来像は、むかし、七国峠の覺王院の持ち物として、峠の中腹に奠られていた、明治時代に一村一宮のお達しにより御嶽神社(三社神社)境内に移された、
この頃からこの地域に流行病が蔓延し多くの人々が貴い命を亡くした、当時、大変心配した眞米(馬込)の当時の若い衆は、大日如来像を背負い七国峠の山の頂上に大切に納めたのである。 」
とある。
 
相原の歴史(相原を学ぶ会編)から要約
場所:中相原開都2188番地 中相原会館前  明治の初めごろ、一村一社のお達しにより、中相原村の御嶽社、日枝神社、大日堂の2社1佛を合祀して三社神社とした。その後、御嶽社は鑓水板木谷戸の講中に売られたが、大正6年石宮を造り、御嶽社とし、昭和49年上屋を建立した。 日枝神社、大日堂もそれぞれ元の場所に移されている。
 
御嶽社は別の場所にも現存しており紛らわしいが、相原の歴史は2007年編集されたものでこの記述を正とした。

町田風土記(森山兼光著)から
相原の神社:正保4年 (1647)創建の御嶽神社と記載がある。

 
祭神 不明  (安閑天皇と言う説もある
由緒 由緒書きなし。 正保4年 (1647)創建(町田風土記から)
神官 常駐せず 宮司:不明

所在地 町田市相原2188番

 

 

中相原会館に隣接しており、表示はないが三社神社と推定した。