御嶽神社

 
町田市史(上巻)から要約
御嶽と称する山々には吉野の金峰山をはじめ、信濃の御岳、甲斐の御岳などがあるが、武蔵にも奥多摩に御岳があり、いずれも山岳信仰の対象である。これらは真言密教と習合し修験者の霊場になっていた。小山町の御岳堂神明寺が御岳信仰を流布する中心的役割を果たしたと推測される。
 
町田市史(下巻)から要約
創建の年代は詳らかでない。 寛文6年(1666年)11月28日の検地の際御嶽社領として五升五合六勺の除地を与えられた。また、境内地三反歩は朱印地である。宝暦年間(18世紀中頃)の棟札は社宝である。 祭礼には湯花の神事を行う。
祭神は日本武尊。 例祭日は毎年8月の末日

町田風土記(森山兼光著)から
小山の神社:武蔵風土記稿には札次明神社・御嶽社・飯繩権現(暦応4年創建)・三座相殿(稲荷・愛石・天神)・金比羅秋葉相社・神明社の6社が記され、明治12年頃には札次神社・御嶽神社・飯繩神社・三座相殿・山王社・神明社・稲荷社〈慶長9年創建)・諏訪神社(慶長9年創建)・津島神社(安永8年創建)の9社が祀られています。
明治40年頃に津島神社が札次神社に合祀され、通称〃三ツ目の山王様〃は日枝神社と称し、稲荷社は馬場の日枝神社に合祀されました。

 
祭神 日本武尊
由緒 寛文6年11月28日(1666年)の検地の際御嶽社領として、除地を与えられる。 境内地は朱印地。
神官 常駐せず 宮司:不明

所在地 町田市小山町1272番

 
 
Walking in Sagamihara」から
境川から町田側は平地は少なく、急な階段を登ると、最近造成された境内が広がりました。 樹木は見事に一本もありません。 鎮守の森のイメージは全くありません。