能ケ谷神社

 
 
町田市史(下巻)より要約
創立の年代は明らかでない。明治8年(1875)ごろ「東照宮」と称していた。 明治10年6月に村社に列せられた。大正3年(1914)11月27日、九号地の表谷神社、四号地の天照大神、六号地の神明社、七号地の住吉神社の4社を合わせ祀り、社名を能ケ谷神社と変更したもの。 現在の社殿は昭和6年(1931)の造営になるもの。(平成20年12月29日に放火により焼失した)
祭神は徳川家康公、大日霊尊、底筒男命、大山咋命、天照大神を奉斎している。 例祭日は毎年9月17日。

町田風土記(森山兼光著)から
能ヶ谷の神社:武蔵風土記稿には16所社・住吉社・太神宮が記され、明治10年に村社になった東照宮に表谷・天照大神・神明・住吉の4社が大正3年に合祀され社名が能ヶ谷神社になった。
 

祭神 徳川家康公、天照大神、表筒男命(うわづつおのみこと)、中筒男命(なかづつおのみこと)、底筒男命(そこづつおのみこと)、大山咋神(おおやまくいのかみ)
由緒

(要約)

もと東照宮と呼ばれ正保年間(1644〜1647)の創建。大正3年谷戸の住吉神社、下能ヶ谷の天照大神社、上能ヶ谷の表谷神社並びに神明社の四社を以前からの東照宮に合祀し能ヶ谷神社となったもの。 焼失した社殿は昭和7年に再建されたもの。
神官 常駐せず  宮司:池田豊彦

所在地 町田市能ヶ谷町839番
2010/12/27  このように再建されていた。屋根は銅葺きだが、神殿は鉄筋コンクリート造。コンクリートの塗りが剥げ始めると悲惨だろうな。

2010/5/7  歩数稼ぎに立ち寄った。3月5日に地鎮祭を行い工事が進められていた。上棟祭は6月とのこと。写真は囲いの隙間から撮した基礎部分。
2010/1/26その後の状況をチェックした。このように拝殿・本殿共に綺麗に整地されていた。境内いたるところに再建の奉賛願いが張り出されていた。概要は放火により焼失したので平成22年9月末完成予定で再建を行う。ついては奉賛金または屋根の銅板奉納をお願いするというもの。
2009/5/15 ようやく工事が始まっていた。
2008/12/29(なんとこの撮影10日前!) 20時頃出火した火災によりこのような状態になっていた。拝殿が全焼、本殿は無事のようだ。
これはネットで見つけた焼失前の能が谷神社である。

 

ご神木(藪椿)

仮の拝殿が設けられた