野津田神社

 
町田市史(下巻)から要約
創立の年代は詳らかでない。元禄13年(1700)9月28日の祭礼の時、湯花の神事が行われたことが「野津田村年代記」にあり、享保2年3月には五社明神と称していた。除地畑三反二畝二八歩があった。
明治21年(1888)には御霊神社と称して、明治42年(1909)には上ノ原の春日神社、本村の幸山神社、並木の伊勢神社、川嶋の御嶽神社の4社を暖沢の地の御霊神社へ合祀して野津田神社と社名の変更をした。
現在の社殿は大正15年10月3日の改築のものである。  例祭日は8月27日。

町田風土記(森山兼光)から
野津田の神社:享保2年(1717)頃は五社明神・伊勢明神・稲荷明神(8)・三嶽権現・笠野明神・幸山明神・石神社・弁財天(2)・山王社(2)・八幡社・愛宕社の計20社が祀られ、
天保14年(1843)頃には五社明神・伊勢明神・稲荷明神(3)・三嶽権現・春日明神(笠野明神が改称)・幸山明神の計8社が祀られていました。
明治21年頃は御霊(五社明神が改称)・伊勢・御嶽・幸山・春日の5社になり、
同42年に伊勢・御嶽・幸山・春日の4社が御霊神社に合祀され、社名を変更し野津田神社になりました。

野津田地区に現存する社はここ1社なので、享保年間の20社がここに集まっているのであろう。

 
祭神 伊邪那岐命(いざなぎのみこと) 伊邪那美命(いざなみのみこと) 国常主尊 天照大神 天津児屋根命 日本武尊 (やまとたけるのみこと)
由緒

(要約)

創建元禄13年(1701年)。享保2年(1717)には五社明神と称していたことが「野津田村年代記」に記録されている。明治42年(1909)には上ノ原の春日社、本村の幸山神社、並木の伊勢神社、川嶋の御獄神社の四社をこの御霊神社へ合併して、野津田神社と社名を変更した。現在の社殿は大正15年10月3日に改築されたものである。
神官 常駐せず  宮司:町田市能ヶ谷 池田豊

所在地 町田市野津田町2319番

 
鳥居は2つあり、1の鳥居の横には小さな祠が祀られている。階段を上がれば2の鳥居が見えクランク状に曲がった参道の先に拝殿がある。
 
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