母智丘神社 (もちおじんじゃ)

 
九州神社紀行より(要約)
母智丘神社はもと石峰稲荷明神といって、丘の頂きに大きな神石があり、巌の下には洞穴もあって白狐が住むといわれ、牛馬の加護はもとより、万能の神様として霊験あらたかなお社でありました。
徳川時代の中頃まで稲荷石と、ほら穴が知られておりその後神社ができたもの。
巨石群について
 この丘の上一帯に散在する巨石群は火山の噴出による赤ボラで地中に埋まっていたものを明治三年の母智丘神社再興工事の時に発掘されたもので、古く石器時代にはこれらの巨石が丘の上に群立していたものと考えらている。
この附近から数多くの土器や石器が発見されているところからこの一帯は石器時代においては石材の採取場であったと想像されるが同時にこの付近にみられる巨石群は信仰の対象となっていたものと考えられ、いずれも神石として人々のいろいろな願いごとがかなえられたと言い伝えられている。
町田市史(下巻)より要約
大正8年(1919)3月、先祖の黒木昇、ハナ両氏によって、日向國の北諸県郡庄内の石峯山上に鎮座する豊受姫大神と大歳大神を奉遷して建立したもの。 はじめは母智丘協会といい、昭和21年宗教法人となり協会を廃止して神社と社名を変更した。
例祭日は毎年4月23日に近い日曜日。
 
祭神 豊受姫大神(とようけひめのおおかみ)
大歳大神(おおとしのおおかみ)
由緒

(要約)

大正八年、日向国北諸県郡庄内町地内(現都城市)石峰山頂に鎮座せる母智丘大神の御分霊を勧請し、近在の尊崇を得て大正八年三月創建。
神官 黒木亀(くろきすすむ) 境内に住居あり。

所在地 町田市原町田5-12-11