住吉神社 (森野

 
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住吉神社(すみよしじんじゃ)は、主に住吉三神を祀る神社。日本全国に約600社ある。
住吉三神(すみよしさんじん)とは、神道で信仰される神で、底筒男命(そこつつのおのみこと)、中筒男命(なかつつのおのみこと)、表筒男命(うわつつのおのみこと)の総称である。
神名の「つつ」とは星のことであり、住吉三神は現在でいうオリオン座の三ツ星の神格化という説もある。
海の神、航海の神とされる。
住吉は「すみよし」は、元は「すみのえ」と読んだ。 スミノエとは「澄んだ入り江」のことであり、澄江、清江とも書いた。古代における天皇即位の際の重要な祭儀である八十嶋祭の清めの海を表しており、天皇は即位すると住吉(スミノエ)の海で清めの儀式を行ったのである。 住吉大社周辺の墨江や住之江という地名は、「スミノエ」の読みに漢字を当てはめたものとされる。
 
町田市史(下巻)から要約
寛永17年(1640)9月の創立である。当時の領主で三代目の須藤太郎左衛門盛忠公が願主となって建立したことが社宝の棟札にあり、五代目権之助盛連公の時、宝永7年(1710)12月に再建している。 また、先祖菩提のためとして嘉永3年(1850)9月十一代目の惣左衛門盛章公が長八寸の立像尊像と共に再建した。
昭和10年頃まで神事として鎮花祭(はなしずめのまつり)があった。鎮花祭・・・木の花を稲の花になぞらえて豊作をまねき虫送りをする農耕儀礼。悪疫を防ぐ祭りでもある。当神社も水に関係のある神社であるためこの神事があった。
祭神は表筒男命(うわづつおのみこと)
例祭日は毎年9月23日。 享和4年(1804)、天保14年(1843)頃は9月9日で、明治12年の頃は8月23日であった。

町田風土記(森山兼光)によると
森野地区には、安永2年(1773)頃は、住吉大明神・神明大明神・鹿島大明神・稲荷大明神(3)・赤子大明神・大六天・弁財天が祀られていた。
天保14年(1843)頃は、七面大明神と赤山大明神が増えているが、全て妙延寺境内か同寺持ちである。
明治3年の記録では寛永17年創建の住吉神社だけになっている。

 
祭神 上筒男命(うわづつおのみこと)、中筒男命(なかづつおのみこと) 底筒男命(そこづつおのみこと) 神功皇后
由緒

(要約)

寛永17年(1640年)武州多摩郡本森村鎮守として勧請創建された。嘉永3年(1850)御厨子入尊像(現存)が造立され、内宮外殿が建替えられた。
明治4年妙延寺境内から現在地に遷座した。
神官 常駐せず 宮司:池田

所在地 町田市森野5丁目10番

鳥居、拝殿内部、境内社(山王社 祭神:大山咋命 創建不明、昭和50年森野2-12より当境内に遷座した)