大蔵の辨財天(名称不明)

 
「我が町大蔵」(大蔵町町内会)から要約
中村の田んぼの中の島地に明治時代の弁天堂があったが、大蔵小学校の建設に伴い、30m南の道路の向かい側に移設され祀られている。
大蔵町には上記弁天堂しか無いものと思っていたが、NETで見つけた弁天様が大蔵にあるというので調べたもの。

都道を歩いていると窪地に鳥居を見つけた。鶴見川の支流に沿った谷戸が残っていると思われる地形。宅地開発されここだけが残されたように思える。 そこにあった屋敷神だろう。 横に2つの石碑があり昭和18年と39年に治水工事が行われている。 氏子による整備も行われてないようで、周囲も内部も荒れ果てている。 内部には「江島辯財天神璽 」の御札が入っていた。

江島神社のWEBサイトより。
御祭神は、天照大神が須佐之男命と誓約された時に生まれた神で、三人姉妹の女神様です。 奥津宮の多紀理比賣命、中津宮の市寸島比賣命、辺津宮の田寸津比賣命、この三女神を江島大神と称しています。古くは江島明神と呼ばれていましたが、仏教との習合によって、弁財天女とされ、江島弁財天として信仰されるに至り、 海の神、水の神の他に、幸福・財宝を招き、芸道上達の功徳を持つ神として、今日まで仰がれています。福岡の宗像大社や、広島の厳島神社と御同神でもあられます 。
江戸時代には、この江島弁財天への信仰が集まり、江ノ島詣の人々で大変な賑わいを見せました。 世にいわれる「日本三大弁財天」とは、安芸の宮島、近江・竹生島、江島の弁財天のことです。
右手にある石碑
中央寄石碑:昭和18年4月  大蔵堰治水記念碑 碑文は読めなかった。
右の石碑:昭和39年3月吉日  かんがい排水事業完成記念碑  大蔵町土地改良区  とある。
祭神 江島辯財天
由緒  
神官 不明

所在地 町田市大蔵1526

都道18号線から祠と石碑 湿地で雑草多し 壊れた賽銭箱 内部の江島辯財天神璽