奈良ばい谷戸
この地域は旧住都公団が区画整理事業を実施するため買収していた地域。ところがその後の経済情勢で採算を理由に中止になり、旧住都公団に売られた谷戸や里山は荒廃したまま放置されてしまった。そこで、町田市は、旧住都公団が買収した谷戸や里山を買い取り、再生し、農と緑の街づくりのモデルに育てようと考えている。市は、再生にあたり市民の力を活用することにした。 |
奈良ばい谷戸の里山再生活動は2005年から始まっており、協力する市民団体は「NPO法人まちだ結の里」となっている。(NET情報からの推測) |
この谷戸の先端を上がった丘は、鎌倉時代に小山田氏支配の小野路城があったと伝えられており、奈良ばい谷戸は小山田城との重要な通路になっていたと言われている。 |
![]() 地形図を入手したので記載する。水色の道路は図師から多摩丘陵病院を経て唐木田に抜ける道路で図師から約1Km強の地点。 入り口近くに小山田緑地のメイン駐車場がある。 谷戸先端付近に城山とあるのは小野路城跡と言われている地点で、小さな祠が立っている(城山天王様)。近くには小町井戸もある。 町田市北部丘陵まちづくり基本構想では、この谷戸は「緑の保全エリア」に設定されており、緑の公的保有の推進と、緑の景観と水源の保全を図る事になっている。 |
2010/5/17 谷戸入り口には数本の桑の木が外敵侵入を防ぐかのように並んでいる。 写真は掲載してないが、入り口には「町田都市計画生産緑地地区」の標識がある。その奥の水田には水の引き込みが始まった棚田があり、少しの未整備地を過ぎるとわらぼっちと苗代があり、苗は田植えを待っている。このあたりの棚田には未だ水が入っていない。 (田植えは6/12と町田市のWEBには出ている ) しばらく歩くと開かれた谷戸は終わり、その先には満開のフジがそこかしこに見える。地形的には未だ谷戸は奥に続いているが開かれた谷戸の終点ともいえる。 フジはつる性であるため、樹木の上部を覆って光合成を妨げるほか、幹を変形させ木材の商品価値を損ねる。このため、植林地など手入れの行き届いた人工林では、フジのツルは刈り取られる。これは、逆にいえば、 フジが見られると言うことはこの山林は手入れがされていないということである。 |
2010/6/12 田植えの日に訪れた。谷戸が見えるところまで入ると確かに作業が始まっていた。約30名ほどのNPO会員が苗代から苗を採り田植えの準備中で、棚田には全て水が張られており「もうすぐ田植えを始めますよ」とのことだった。奥へと歩くと放置自動車が未だ放置されている。これを見るのは3回目か? 谷戸の奥には炭焼き場が作られ、既に数回の炭焼きをしたとのこと。隣の東谷戸で田植えを撮影し再度ここに来たがまだ苗代作業だったので退散した。 |
2010/10/23 稲刈りは10/16(丁度一週間前)だったとのこと。今日は30名ほどのNPO会員が薩摩芋と里芋の掘り出しに集まっていた。藁ボッチと放置自動車が無くなっており、炭焼き小屋は風格が出てきた。 |
2010/12/5 この谷戸にも入り口は結界の木が視線を遮っている。新しい藁ボッチが出来ていた |
2011/4/14 この谷戸にも入り口は結界の桑の木は裸状態。田んぼの準備は他の谷戸より遅いようだ。 |
2011/9/27 町田結の里のホームページによると、今年の稲刈りは10/15らしい。無農薬だからイナゴが大発生していた。稲刈りが遅いのでイナゴにとっては天国だろう。散策路は台風で吹き飛ばされた枝葉などはきれいに集められていた。 |
2012/12/2 12時近くになると殆ど曇天で日も差さなくなった。 |
2012/12/5 薬師池公園の紅葉を撮りに出かけ、空の状況が良さそうなのでここまで足を伸ばした。 やはり日が差し空が青いと写真も映える。ここを管理している「NPO法人まちだ結の里」の方が作業していたので、入り口に結界のように並んでいる木について訪ねたら 桑 で、以前は密集していたものが今は一列だけ残っているとのこと。今日は平日だが茶の木の剪定と、奥にある小屋周りの清掃をしているとのことだった。 |